よるのおと

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よるのおと

 チャイムと、下校をうながすアナウンスと。  音楽が好きだ。  スピーカーから流れる歌を、なんともなしに聞くのが。  空が少しずつ赤く染まって、それを黒が追いかける。  だけど本当は、黒より青の夜が好き。  一番星が空の片隅に光るころ、やっと部活が終わって、声をかけあって、がたがたと立ち上がっては荷物を背負い、電気を消して部屋を出る。  真っ暗な廊下を、みんなではしゃぎながら歩いていくのが好き。  廊下の窓から見える夜景に歓声を上げて、スマホのシャッター音を鳴らすのが好き。  同じ景色を見ていても、タイミングも角度も全然違う。  そしてみんなの声もそれぞれ違う。  笑う。  世界は楽しいであふれている。  真っ暗な昇降口を抜けて、冷たい空気に首をすくめて、仲のいい友達がいるなら手を繋ぎ、一人で歩くなら息を優しく吐きかけて、夜空を見上げる。  夜の道って素敵だ。  夜の街って綺麗だ。  誰も気づいてないけれど、音が鮮やかに澄み切って、魔法の世界に少しずつ、世界が回転していく。切り替わっていく。  誰も見たことのない匂いへ。 「ただいま」 「おかえり」  挨拶が好きだ。  ドアを開ける瞬間。  流れる匂いが自分の好物だったら最高だし、部屋に入ってストーブが燃えていて、あたたかかったらもっと最高。  荷物を置いて、また笑う。  一日の中で、何回だって、笑う。  遅い時間のおやつをねだって、食器を出して、靴下の裏が部屋の中でだけあったかい。  ストーブの匂い。  部屋の中に並んだ洗濯物。  なによりご飯のいい音に、わくわくしてくる。  もし次の日が土曜日だったらさらに最高だ。  夜遅くまで、家族みんなでリビングに集まって、なにか楽しいテレビを見よう。  ほのぼのするのもいいけど、非日常に連れ込んでくれるような、夜眠る前に見るのにぴったりの映画なんかがいい。  音が生まれる。  音が落ちる。  音が沁みる。  そうやって今日も、ゆっくりページはめくられる。  明日へ向けて。  朝のために。  だけど今は少しだけ、全部忘れて世界に浸るんだ。  世界は。  世界は。
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