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婚姻届
往生際の悪い女はやっと観念してくれて、漸く婚姻届に判を着いてくれた。
「一緒に区役所行こう」
「……うん」
指輪は俺の初任給で買う予定だったけど、早く正式に夫婦になりたかったのだ。
だから二人で区役所に赴いた。
それはどんな神様への誓いよりも、神聖なものに感じられた。
満開の桜の下、アイツは憂鬱そうだった。
……俺は嬉しくて堪らなかったのに。
「……嫌か? 今更だけど」
「アンタがいいならそんでいいんだよ。アンタはアタシの命の恩人じゃん……。……襲われるのなんてさ、殺されるのと同じなんだよ。女にとっては」
俺達は手を繋ぐ以上の身体的接触は出来なかったし、おそらくこれから先も無理だろう。
「いずれは生活安全課に希望を出そうと思ってる。……痴漢とかそういうの捕まえる部署。俺はそういう運命だったんだよ。叔父さんならきっと解ってくれる。実のオヤジより仲がよかったんだから」
ほんの少しだけ彼女の手に触れたら、美耶子は身体を硬直させた。
……ダメか……。
「……わりい」
「アンタが悪いんじゃないよ。カウンセリングってすぐには効果出ないんだね。高いのに。困っちゃう」
わざと明るくそんな事を言いながら、彼女は俺から少し離れて歩きだす。
……いつかお前はそうやって、居なくなる気がしていたよ。
俺の事だけを置き去りにして。
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