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月の存在意義
『人間同士の間にも、引力ってもんがあるんだぞ』
俺がガキの頃、可愛がってくれた叔父さんは、そんな事を言っていた。
『どういう意味? ていうか喋ってると魚逃げるよ、叔父さん』
『お前は本当に生意気だよな。まあそれは利発な証拠だから、いいんだけどさ』
二人で海釣りに行って話す、他愛のない話。
その時に聞いた話。
『引力って物が落っこちる時にかかる力じゃないの? 学校で習ったよ』
『人間同士の引力ってのは、叔父さんなりの例え話だ。お前は俺が好きだろ?』
首を縦に振る。
俺は叔父さんが好きだった。自分の本当の親父よりも。
『俺もお前が可愛い。これが引力。お互いに好きだから引き合うんだ。引き合うから好きになるのかな? まあそこはどっちでもいいけどさ』
『ふーん』
『お前も大人になったらさ。誰か好きな女の子が出来る。上手く引力が働きゃいいが、上手くいかない場合はそりゃ大変だ』
面倒くさいな、とガキなりに考えた。
だってそんなの、俺自身にもどうしようもないのに。
『気をつけてないと、引っ張りこまれる時がある。月がなんであそこにあるか、お前は知ってるか?』
『? わかんないよ。ていうか話飛んでない?』
『本当に生意気だな。飛んでないよ。月はさ、地球の重力に取り込まれてるんだ。何処かに行きたくても、自分じゃ身動きが出来ない。何処にも行かれない。地球から離れたりできないんだ』
なんだそりゃ。呪いみたいだ。
『俺にもそういう女の子がいた。でもその子とは結局一緒に居られなかった。だから叔父さんには、今も嫁さんが居ないんだ。お前に従兄弟を作ってやりたかったんだけどなあ』
『取り込まれてるって思わなきゃいいじゃん。月はただ地球が好きで、あそこにいるのかもよ?』
昼間に見える薄い月を見ながら、俺は確かにそう言った。
『おお。お前はロマンチストだな。将来は何になるんだろうな。まあ本当は叔父さんの会社で働いて欲しいんだよ。俺には跡取りができそうにないからさ』
『わかってるよ。俺が叔父さんの代わりに、社長になるんでしょ?』
『それはお前が五十ぐらいのおっさんに、なったらな』
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そんな事言われても、親父や叔父さんより年取った自分なんか、想像もつかなかったな……。
あの浜辺に行くと、そうやって色んな事を思い出す。
だから、俺はあそこが好きなんだろう。
……月は何処かに行きたかっただろうか?
引力の影響から脱したら、自由になれると願っているんだろうか?
俺は……そうは思わない。
近くも遠くもない場所で、地球とずっと居られたら、きっとそれでいいんだろう。
地球の唯一無二の衛星である事が、月自身の存在意義なんだよ、と。
叔父さんが生きてたらそう話したかったな……。
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