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4
「……まったく。困ったもんだねえ、私の彼氏は」
少しの静寂の後、そんな言葉が僕の耳に届く。「魔王の台詞だよそれ」と小さな笑い声が耳元で踊った。
いつの間にか電話の向こう側は静かになっていて、彼女の声だけが残されている。
「あーもうほんと彼氏」
「どういう日本語?」
「やめてよ。会いたくなるじゃん」
不意に、耳に流れ込む彼女の声に乗って少しの感情が入り込んできた。
悔しさのような。切なさのような。
「──会えないのに」
広い空間に静かな声が反響する。
それはあまりにも弱々しくて寂しい響きだった。
スピーカー越しの声が湿り気を帯びて、台詞にノイズが混じる。
「会えないくせに会いたいなんて、8000歳の魔王が言うことじゃないのに」
手のひらが痛い。気付けば爪が食い込むほど強く握りしめていた。
そうだ。彼女が何もしてこなかったわけないじゃないか。
急に異世界に呼び出されて封印されて、どうにか元の世界に帰れないかと抗ったはずだ。
でもどれだけ探しても、どれだけ祈っても、帰る方法なんて見つからなくて、たくさんの笑い声で自分を封じ込めるしかなかったんだとしたら。
見ないフリをした彼女の幸せを今更チラつかせたのは僕なのかもしれない。
「大丈夫」
僕は思わずそう口にした。
何か言わなければ。何か、彼女を元気づける一言を。
「僕が付き合ってるのは今も昔も映えることしか考えてない17歳JKだ」
「悪口言われてる?」
「世界一かわいい彼女にそんなこと言うわけないだろ」
「とってつけすぎなんだよね」
あっという間に麻央の声は元の調子を取り戻していた。僕も安心して握りしめていた両手を緩める。
とりあえず彼女も外に出る気にはなったようだが、他はまだ何も解決していない。
封印は解けないのだ。何でもできる魔王もそれだけはできない。
どうすればいい?
思考にばかり意識を向けて無頓着だった視界の中で、歩行者信号がまた赤に変わった。人が止まって車が走り出す。
そのほとんど見ていなかった景色が僕の思考とリンクした。
「あるわ。魔王にできなくてJKにできること」
「え」
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