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「……なるほど。理解した」
「おお、さすが私の彼氏」
僕は青空を見上げる。
そして彼女の話を噛み締めた。味わって、飲み込む。
細かいことは置いておこう。考えても意味がない。
とどのつまり。
「その封印をぶっ壊せばいいんだな?」
「私の彼氏、魔王解き放とうとしてるんだけど」
「僕は君のためなら世界中を敵に回したって構わない」
「なんかダサいな」
ふう、と呆れたように麻央は吐息を漏らした。
「てか勇者の封印そんなヤワじゃないから。舐めないでよ」
「どの立場で言ってんだ」
「8000年生きた魔王を閉じ込めちゃうくらいなんだからね」
こんこん、とスマホの向こうで硬そうな何かを叩く音が聞こえた。
壁か床でも小突いてるのかもしれない。ふっかふかのソファとは対照的な、堅牢な響きだ。
「すごく上手くできてるんだよね、この封印。魔王の力だけピンポイントで通さないようになってる。他のものは全部通しちゃうけど魔王の力は完璧に防げるの」
「対魔王用に特化してるわけだ」
「そういうこと。星5つ」
「魔王のレビューは信頼できるな」
信号が青から赤に変わる。
さっきからもう何度もそれを見ていた。
けど、どうでもいい。進めでも止まれでも構わない。
どちらだとしても僕は彼女の声に耳を傾け続けるだけだ。
「それにさ、もうあんま破る気もしないんだ」
傾けていた耳に流れ込む彼女の声色が少し変わった。
僕は思わず「え、なんで」と尋ねる。
一瞬だけ言葉が途切れたあと、聞こえてきたのはこんな答えだった。
「みんな楽しそうなんだよね」
誰かが笑う声が聞こえた。辺りを見回すが、僕の周りには誰もいない。
どうやら彼女の背景から聞こえているらしい。意識を向ければ、子どものはしゃぐ声や大人の談笑するような声も聞こえる。
そういえばテレビで外の様子を見てるとか言ってたか。
「魔王が封印されて、勇者が英雄になって、世界が救われて、晴れの日も雨の日もあったかくて穏やかな毎日でさ。笑顔がたくさん溢れてるんだ」
彼女の言葉の後ろから聞こえる笑い声は絶えることがない。
まるでこの世界で彼女だけが笑っていないかのようだ。
「ババの抜かれたババ抜きみたいに平和なの。出ていく気になんかならないでしょ」
ふっと麻央は小さく笑う。
そこには少しもあたたかみは感じられなかった。
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