3

1/3

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

3

「……なるほど。理解した」 「おお、さすが私の彼氏」  僕は青空を見上げる。  そして彼女の話を噛み締めた。味わって、飲み込む。  細かいことは置いておこう。考えても意味がない。  とどのつまり。 「その封印をぶっ壊せばいいんだな?」 「私の彼氏、魔王解き放とうとしてるんだけど」 「僕は君のためなら世界中を敵に回したって構わない」 「なんかダサいな」    ふう、と呆れたように麻央は吐息を漏らした。 「てか勇者の封印そんなヤワじゃないから。舐めないでよ」 「どの立場で言ってんだ」 「8000年生きた魔王を閉じ込めちゃうくらいなんだからね」  こんこん、とスマホの向こうで硬そうな何かを叩く音が聞こえた。  壁か床でも小突いてるのかもしれない。ふっかふかのソファとは対照的な、堅牢な響きだ。 「すごく上手くできてるんだよね、この封印。魔王の力だけピンポイントで通さないようになってる。他のものは全部通しちゃうけど魔王の力は完璧に防げるの」 「対魔王用に特化してるわけだ」 「そういうこと。星5つ」 「魔王のレビューは信頼できるな」  信号が青から赤に変わる。  さっきからもう何度もそれを見ていた。  けど、どうでもいい。進めでも止まれでも構わない。  どちらだとしても僕は彼女の声に耳を傾け続けるだけだ。 「それにさ、もうあんま破る気もしないんだ」  傾けていた耳に流れ込む彼女の声色が少し変わった。  僕は思わず「え、なんで」と尋ねる。  一瞬だけ言葉が途切れたあと、聞こえてきたのはこんな答えだった。 「みんな楽しそうなんだよね」    誰かが笑う声が聞こえた。辺りを見回すが、僕の周りには誰もいない。  どうやら彼女の背景から聞こえているらしい。意識を向ければ、子どものはしゃぐ声や大人の談笑するような声も聞こえる。  そういえばテレビで外の様子を見てるとか言ってたか。 「魔王が封印されて、勇者が英雄になって、世界が救われて、晴れの日も雨の日もあったかくて穏やかな毎日でさ。笑顔がたくさん溢れてるんだ」  彼女の言葉の後ろから聞こえる笑い声は絶えることがない。  まるでこの世界で彼女だけが笑っていないかのようだ。 「ババの抜かれたババ抜きみたいに平和なの。出ていく気になんかならないでしょ」  ふっと麻央は小さく笑う。  そこには少しもあたたかみは感じられなかった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加