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いつも、何を考えているのか分からなくて怖かった。  貴族専用のカレッジで一緒だった、アレク・マグディアナ。   漆黒の髪に、青く澄んだ瞳。まるで人形のように整った顔立ちに、スラッと伸びた脚。あらゆる魔法を使いこなし、身体能力も高い。まさに、完璧そのものだった。  そんな彼の周りには、おのずと男女問わず多くの人が集まった。彼も嫌がる事なく、それなりに皆の相手はしていたが、表情一つ変えず、きちんと対応する姿に、皆は「クールなのに優しい」とか、「常に完璧でカッコイイ」とか言うけれど、クラリスには、その人間味のない姿が、不気味に映っていた。  だが、そんな彼にも気を許す者達がいるようで、幼なじみの前では笑顔で楽しそうにしていたり、時には、高笑いをする程だった。  そして、彼が最も優しく接していたのが、婚約者のリリアーナだった。彼女を見つめる目は優しさで満ちていて、常に彼女を気に掛け、声をかけていた。  彼女の立場から彼を見つめたら、きっと、素敵なんだろうな……。  そんな事を思っていた。  だが、クラリスに対する態度は、それらとは違った。  ふと目が合うと睨まれるし、あからさまに避けられてる感じがする。  ――私、何かしたかな?  そう思ってみたものの、それを聞ける程の仲ではないし、そもそも、そんなに関わった事もない。   そんな関係のまま、私達は十五歳でカレッジを卒業し、それぞれ別の道を進んだ。      ――五年後。    クラリスは、実家モルティアーナ家に、苦手な『あの人』から求婚書が届いている事も知らず、五年間を過ごしたこのアカデミーを去る喜びと淋しさに浸っていた。  中庭の中央で横になり、空を見上げるクラリスの視界には、雲一つ無い、青く澄んだ空の他に、白い校舎の屋根が見える。  あの光が降り注ぐ真っ白な校舎とも、今日でお別れ。  ――私、頑張った!  モルティアーナ家は、代々、レグアノール王国の、治癒魔法師を務めてきた家系で、クラリスも、小さい頃から治癒魔法の英才教育を受けてきた。  血筋もあり、おのずと魔力も高かったクラリスは、治癒魔法アカデミーの最高峰と言われる、アズベクト・アカデミーへの入学を許可された。  アズベクト・アカデミーは、首都カインから遠く離れた、アズベクトという街にあり、入学すると寮生活を送る事になる。  あらゆる傷を癒やす治癒魔法は、習得も難しく、扱える者も少ないので、『神聖な力』と位置づけられていた。そのため、卒業するまでは、外部からの刺激は、習得の妨げになるとされ、アカデミーから出る事は許されず、面会や、手紙のやり取りまでも、禁じられていた。  そんなアカデミーでの生活で、クラリスには毎日の楽しみがあった。  「はぁ。この中庭好きだったんだよね。」    青々とした芝生と、咲き乱れる花。たったそれしかない中庭だったが、芝生の真ん中で大の字になって昼寝をするのが好きだった。  暖かい風に揺れる花の音を聞きながら、キラキラ輝く空を眺めていると、次第に瞼が落ちていく。この感覚を、都会で人が溢れている首都、カインへ戻ったら、味わう事は出来ないだろう。  「あーあ。なんて悲しいのかしら。」  この癒しの空間とお別れしなければならないと思うと、おのずと出てしまう独り言。  「悲しんでる暇ないぞ。クラリスんとこの迎え、とっくに来てるってさ。」  幼なじみのイアンが視界を遮るように、赤い髪を垂らしながら、ひょっこり顔を出す。    「え、もうそんな時間?」  クラリスは急いで起き上がり、中庭を抜け、アカデミーの東にある寮へと走った。  寮の前には、生徒や先生方が卒業生を見送りに出ている。  「うわっ。急がなきゃ!」  寮の階段を駆け上がり、真っ直ぐ進み、突き当りを右に曲がった一番奥の部屋。  クラリスが、五年間過ごした、その部屋に今ある物は、ベッドと机と、何も置かれていない空の本棚。そして、机の上には、アズベクトアカデミーの卒業生だけが与えられる、光鼠(ひねずみ)の毛で織られた白い生地に、金の刺繍が施されたローブが、綺麗に畳まれて置かれている。  「この五年間、ここで色々あったな。」  入学当初は、人見知りなクラリスにとって、辛い日々だった。  心を許せる相手もできず、授業についていくのも大変で、それでも、面会や手紙も許されない。家族や友人が恋しくて、ベッドの中で泣いた事もあった。  風邪を引いた時は、心細かったなぁ。家に居た頃は、風邪を引くといつも、お祖母様が魔法薬を作って飲ませてくれて、付きっきりで看病して下さったから。  ――そう。お祖母様が亡くなったという知らせを受けたのも、この部屋だった。     面会も手紙も許されないが、大事な知らせは、先生が伝えに来てくれる。  あの時も、授業が終わり夕食までの自習時間中に、ヒューゴ先生が知らせに来てくれたんだった。  私、悲しみのあまり三日間も部屋から出れなくて、皆に心配かけたっけ……。  友達は、毎朝クラリスの部屋の扉を叩いて声を掛けてくれて、暇があるとクラリスの部屋の前のベンチに集まっていた。  あれ以来、私の部屋の前のベンチが溜まり場になったっけ……。  ヒューゴ先生は、頻繁に様子を伺いに来ては、上手とは言えない腹話術や、手品を見せてクラリスを笑わせようとした。正直、反応にも困るし、放っておいて欲しかったが、余りにも一生懸命やってくれるので、笑ってしまう時があった。  あれ以来、レパートリーが増える度に見せに来るようになり、迷惑だったな……。  メディナ先生は、クラリスが以前、お祖母様の作るミルク粥が好きだ、と話した事を覚えていて、毎日のように、作って持って来てくれた。  メディナ先生の作るミルク粥は、食べれない程ではないが、とても不思議な味がした。  あれ以来、料理に目覚めたらしく、他の料理も「味見して」と持ってくるようになった。  ……全て不思議な味だった。  でも、こうして心配してくれる皆のお陰で、立ち直る事が出来て、前を向けるようになった。  「皆には、本当に感謝だな。」  クラリスは、色々な思い出が詰まったこの部屋を目に焼き付ける。  「……と、こんな事してる場合じゃなかった!急がなきゃ!」  クラリスは、机の上のローブを羽織り、部屋に別れを告げて、寮の前の広場へと走った。
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