7人が本棚に入れています
本棚に追加
コント
細かい打ち合わせをしている暇はない。
もともと台本すらないのだ。たった紙一枚にネムがセリフをチョコチョコっと書いただけだ。
わかっているのはロスアンジェルス行きの旅客機の操縦室内でのシチュエーションコメディだという事しかない。
このあと本番が差し迫っていた。取り敢えず、ネムに引きずるように予選会場へ連れて行かれた。
テレビ局のスタジオだ。会場は若い女性客ばかりで熱気に溢れていた。
私たちはまさにぶっつけ本番で、『L−ワン』の一次予選が始まった。
次々と女芸人たちがコントや漫才を披露していく。中には素人も混ざっていた。
一次予選は参加費が三千円掛かった。私たちのような目立ちたがり屋の冷やかしを防ぐのが目的だそうだ。
だがネムは巧妙に木の葉を一万円札にすり変えて参加費を工面した。
おかげでお釣りの七千円は儲けになった。寸借詐欺だ。女忍者というよりも詐欺師と言った方がピッタリだ。
もちろん全額ネムのポケットマネーに化けた。可愛らしい顔をして怖ろしい子だ。
自衛隊から自動小銃は黙って拝借して来るし、ちゃっかりしている。味方なら心強いが敵に回すと厄介な存在だ。
そうこうしている内に私たちの順番がきた。持ち時間は3分だ。制限時間の3分を越えるとシャットダウンされるらしい。
予選の模様はネットで配信されるみたいだ。
「エントリーナンバー、119番。『チューし隊』。お題『ハイジャック犯』、どうぞ」
司会進行役の若手芸人のMCが私たちを呼んだ。
スタジオに派手な入場曲が流れた。
「ふぅ〜……」私も落ち着かせようと大きく深呼吸をした。
仕方がない。なるようになれだ。笑っても泣いても舞台に上がらなくてはならない。
私は指示通り、舞台袖からステージ中央の操縦室に備えつけられている椅子に腰掛けた。
パイロットの帽子をかぶり、派手なビキニの水着を着ていた。ほぼほぼ全裸に近い。恥ずかしい。まるで公開処刑だ。
「おおッ」
審査会場が軽くどよめいた。男性スタッフらは心持ち、前のめりになって食い入るように見つめていた。これまでの女芸人たちとは目の色が違った。
「おおォッ!」
男性の審査員たちも驚いて目を丸くしていた。当然だろう。なんの前触れもなくパイロット役でビキニの美少女が登場したのだ。
グラビアアイドルがコントをするような感じなのだろう。インパクトは絶大だ。
その時、あとからキャビンアテンダント役のネムが舞台袖から姿を現した。
ネムの衣裳だけヤケにリアルなCAのコスチュームだ。妙にリアリティがあって凝っている。
「ぬッううゥ……」私の派手なビキニの水着とは雲泥の差だ。
なんだかムッとして腹が立ってきた。だがコントの最中なので面と向かって文句は言えない。
こっちの気も知らずネムは甘えてきた。
「ねえェ、ダーリン。どこ行くの?」
まるで仔猫のように機長役の私にすり寄ってイチャついてくる。抱きついて耳元で甘くささやくようだ。
「えェッ、どこ行くのって。ロサンゼルス行きだからねえェ。もちろんロスまで直行だよ」
一応、このあたりは台本通りのセリフだ。セリフがあるのは、ハイジャック犯のシャオランが操縦室に乱入してくるまでだ。
「じゃァ途中、ホノルルに寄っていって。お買い物があるから」
ネムは抱きついて離れない。
「いやいや、お買い物って、タクシーじゃないんだから、そうそう飛行機の行き先は変えられないよ」
「えェッ、ヤダヤダ。ダーリン。ホノルルで遊んで行こうよ。波乗りしてみたいの。ネム!」
まるで駄々っ子のようだ。
「ちょっと、操縦の邪魔をしないで」
私は必死に操縦桿を握った。
そこへ今度は、ハイジャック役のシャオランが操縦室へ飛び込んできた。
「よぉし、みんなおとなしく手を上げろ。今からこの航空機はオレが乗っ取った。機長。この自動小銃で撃たれたくなかったら東京へ戻れ」
「えェ……?」マジか。
最初のコメントを投稿しよう!