友よ

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友よ

 今年でもう九十六歳になる。戦前を生き戦時を生き戦後を生きる。仲の良かった若い時代の仲間たちは皆、戦地で散った。恥ずかしながら生き残った俺は虚無を抱えて今日まで生きてきた。結婚もせず子供もなく付き合いのある親族もいない。戦時に人を殺めたこの手で誰かを抱き締めるのは烏滸がましいとずっと一人で生きてきた。  心の拠り所としたのは、たった一つの思い出。真冬に狂い咲きの桜を眺めてはしゃいだ夜中。 「どうせ死ぬならこんな日がいいな」  気の置けない友人である日吉が日本酒をお猪口で呷りながら吐いた言葉に俺も頷く。 「そうさな。最期のときは花に看取ってもらいたい」 「ああ。世の中は不穏だ。どうせ俺らも兵隊に取られる。もし俺が死んで中山が生き残っていたら、俺の墓をここにしてくれないか?」 「それは俺がお願いしたいくらいだ」  日吉は戦地に向かって遺体すら返ってくることはなかった。約束は果たせなかった。  この町のこの桜は何度も真冬に狂い咲きをして人々を賑わせる。だが俺は八十年近く、ここに来られなかった。怖かったのだ。日吉との約束も果たせず、仲間を戦地で失いながら恥ずかしながら生き残った俺が許せなかった。だがもういいだろう。俺ももう年だ。医者から余命も告げられた。  だから今夜、俺はここで終わる。雪と桜が舞う大樹の下、俺は一人カップ酒を呷る。 「日吉、今行く」  カップ酒が空になったのを確かめて大樹に寄り掛かり目を瞑る。身体はじんわりと冷えて、手足がカタカタと震える。  日吉は、仲間は、天国にいるのだろうか。地獄にいるのだろうか。きっと地獄だ。戦争で何人ものを人を殺めた兵士が天国になど行ける訳がない。  いつの間にか夢の中にいた。 「中山、来たのか?」 「日吉、久しぶりだな。ここは何処だ?」 「地獄だ。やっぱりお前もこっちだったか」 「いいんだ。生き地獄よりただの地獄のほうがずっといい。また仲良くやろう」  日吉は若いままだ。あの日のままだ。俺だけ年老いてしまった。ああ。  とある町で名物の狂い咲きの桜が今年も咲いた。その下で老人が一人死んだ。報道は孤独死だと言ったが、その老人の胸の内は最早誰にも分からない。寒い真冬の日だった。
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