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calling calling
残業終わりの夜のことだった。朝とは違いすっかり疎らな電車内の座席に座り、疲れを取っていると、着信音が聞こえてきた。
私を含めて片手で数えられる程の乗客達が一斉にポケットに手を入れ、スマホのディスプレイを眺めて着信の有無の確認を行った。自分ではないと分かった者がスマホをポケットに仕舞っていく。
鳴っていたスマホは私のものだった。ディスプレイに表示されているのは知らない番号、電話帳の登録外のものである。最近は友人・会社・取引先等とのやり取りは、スマホ内に入っているSNSのトーク機能やチャット機能を使っているために、こうして「電話」がかかってくるのは実に久しぶりのことであった。多分だが、年単位ぶりだろう。
うろ覚えではあるが、最後に電話がかかってきたのは実家の母からの、いつかも思い出せないぐらい前の年始の挨拶だった筈だ。
いくら疎らな電車内とは言え、着信音が鳴っているのは迷惑だ。私は電話に出ることにした。
「もしもし」
〈もしもし、潮田(うしおだ)さんの携帯電話で宜しかったでしょうか〉
潮田は私の名前だ。相手は私の名前を知っているということになる。不審に思ったものの、否定する理由もないために肯定をすることにした。
「はい。潮田は私ですが」
〈ああー、よかった! 電話に出てくれた! 俺、城咲(しろざき)なんだけど、覚えてる?〉
私はあまり出来の良くない脳味噌から城咲の名前を思い出そうとしたのだが、どうしても思い出すことが出来なかった。
「申し訳ありませんが、どちらの城咲様でしょうか?」
〈そうだよね? 覚えてないよね? 十年ぶりだもんね! 本当に久しぶりだよ! 高校の時に同じクラスだった城咲だよ!〉
そうか、もう高校を卒業して十年が経過つと言うのか。鏡と化した電車の窓ガラスに映る私の顔はすっかりひねこびた二十八歳のものだった。
新卒で入った会社がブラック企業で、連日の天辺近くの残業生活は加齢を早めるのだろうか。白髪も増え、目の下にクマも出来、顔もたるみほうれい線もクッキリと浮かび上がっている始末である。
それはともかくとして、私は城咲の名前を思い出すことが出来なかった。
すると、遠くに座る乗客が「オホン」と態とらしい咳払いを放った。
電車内での通話は暗黙的にマナー違反とされている。他の乗客も私を白い目で見始めている。通話を打ち切ることにした。
「ごめん。今、電車内だから、切るね?」
〈ああ、ごめんね。また、時間ある時に電話するね?〉
城咲は電話を切った。
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