まやかしの恋が始まる時

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まやかしの恋が始まる時

川嶋次長との得意先回りがお相手企業の 都合で珍しく定時を回ってしまった 「飯でも食べて今日は帰るか!」 川嶋は軽いノリで食事に誘っていた 陽子も既婚者の上司と軽く一杯... のつもりで返事をしている 「いいですねぇ美味しいお酒お願いします」 「いける口か? そうか!」 いつも一人寂しく食事をしていた川嶋は 陽子を相手に酒が飲めるかもしれない と思うと嬉しくなった 「単身赴任は味気ないんだよ!ハハ」 初めて知るプライベートな一面を 屈託のない笑顔で話す川嶋 憧れにも似た淡い恋心のつもりだった 一緒の空間にいて間近に見える端正な顔立ち ぽ〜っと陽子の顔が赤く火照ったのは アルコールのせいばかりではなかった 話をすればする程、素敵だなという感情が どんどん溢れてくるのがわかっていた 胸が高鳴りドキドキと拍動を感じた陽子は 〝まずい!”と思い目の前にあるビールを 一気に飲み干してしまう うわぁぁ!逆効果だったかもしれない 次長への思いがどんどん膨らんでいく そしてある瞬間バーンと弾けてしまった あぁ‼︎もう気持ちを止められない 〝貴方の事が好き‘’ いけない事よね?でも... 一瞬の戸惑いはすぐにかき消されてしまった 理性で恋心を抑えきれなくなった陽子は 思いがけない行動に出てしまう 「...好きです」 正直な気持ちを誤魔化さずにぶつけていた 「はぁ?冗談はやめとけ...ハハ でもありがとな...酔いも回ったことだし そろそろ帰るか?気を付けて帰れよ... じゃあな!」 何かを察した川嶋は iDで素早く会計を済ませた後 手を振りサッサと店を出て帰ってしまう だがこの日の陽子は何かが違っていた おちゃらけで済まされない何かが... 一杯二杯と飲んだお酒が 判断を鈍らせたのだろうか? はたまたビールの一気飲みか? 陽子は追いかけ川嶋に追いついた 「お願い聞いて下さい  自分でもどうしようもないくらい 次長の事が...」 好きだという気持ちを抑えきれずに 川嶋の腕に縋り付きしっかり掴んで 思いの丈をぶつけた 不意をつかれた川嶋は 振り向きざまに冷たく言い放つ 「何するんだ!」 「小林!わかって言っているのか?」 「飲み過ぎだろ💢」 川嶋は縋り付く手を何度も振り払った 「一度で、一度でいいんです...」 「何言ってんだよ!放さないか💢」 しばらく押し問答が続いた後 はぁ〜!深いため息をついた川嶋は 一際大きな声で手を振り払った 「やめろ💢小林いい加減にしろ!」 陽子は大きく振り払われた手を呆然と 見つめ崩れるようにしゃがみ込んだかと 思うと、声を震わせて泣き出した 「うぅぅあぁぁ」 何人もの人が二人の横を 怪訝そうな顔をして通り過ぎて行く 横切る人達の気配を感じた陽子は一気に 酔いが覚め冷静さを取り戻していった そして自分の中に、こんなにも激しい情熱が あったのか?と内心驚いていた 不倫の始まりで最も多いのは お酒が入ったシチュエーションだと 何かで読んだ事があったが タガが外れやすいのは本当だった どうしよう...やらかしてしまった 後悔はなかったが、拒絶された挙句 大泣きしてしまった事が恥ずかしくて 俯いたままいつまでも顔を上げられずにいた 一方川島は 払っても払っても全身で縋り付いてくる姿に 驚きを隠せず一瞬たじろいだが 人目を憚らず大声で泣く陽子の涙を見て 徐々に心が揺さぶられていった 川嶋の脳裏に忘れかけていた 人を「愛しい」と思う気持ちが 湧き上がってきた 何を考えている?ダメだ! 妻の顔が浮かんだが、消えない! 打ち消そうとしても消えてくれなかった! 揺れる感情を抱えたまま 右手をそっと差し出し呟くように言う 「大丈夫か?」 「は、はい...」 陽子は戸惑いながら小さく頷き 差し出された右手にそっと手を重ねていた その手首を思わず握り返した川嶋は腕を グッと懐に引き寄せ陽子を抱きしめてしまう 魔が差した瞬間 まやかしの恋が始まった...
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