卵焼きとラーメン

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 平日、午前六時ちょっと前。  貴方が起き出す音がした。  本当は起きたくなんて無いけれど、仕事もあるし、お弁当の支度は私の担当。  先に着替えてエプロン巻いて、湯を沸かす貴方に素っ気無くおはようの挨拶。  昨日のことなんて、忘れたように貴方はお早うと返した。  私が不機嫌なことも気付かずに。  いつものようにトースターにパンを入れ、作り置きのおかずを探して冷蔵庫を漁る貴方。  いつもなら他愛も無く話しながら待ってあげるけど、今日は意地悪でドンとぶつかる。 「ごめん」  その一言は邪魔だった?と言う意味だけ。  だから何も言わずに卵を二つ取って無視。  怒りのままに卵を割って、今日は少し少なめのお砂糖。  まぁるいフライパンを火に掛けて、乱暴に溶いた卵を流せば、ジュワッと鳴いた。  黙々と朝ご飯を取る貴方の傍ら、バタバタと冷蔵庫を行ったり来たり。  隙間を埋めるようにお弁当箱に作っておいたおかずを詰める。  きんぴらごぼうにかぼちゃの煮物、市販の黒豆、昨晩の残り物の唐揚げに、保冷剤代わりの冷凍ブロッコリー。  最後に出来上がった卵焼きをまな板の上に乗せ、どうしても不格好になる端っこを摘み取る。  いつもなら不格好は私のお弁当箱に入るけれど、今日は細やかな仕返し。  どうせ、気付きやしないんだから。 「行ってきます」  いつも通りに自分の支度をさっさと済ませて先に家を出た貴方。  尚も怒りのままにお釜に残ったお米やおかずを口に押し込み、洗い物もそのままに戸締まりをして私も仕事へ。  電車の窓には不機嫌そうな三十路なおばさん。  そんな自分が嫌になりつつ、作った笑顔で元気に出社。  いつも通りの仕事をこなし、美味くも不味くもない弁当を同僚と話しながら口に入れる。  そうしてまた電車の窓を見てみれば、キャピキャピの女子大生の群の中、今度は疲れた三十路の顔。  歳には敵わぬと嘆きつつ、家の目前で鍵を出さんと鞄に手を入れる。  先に帰って夕飯の支度をするもの私の担当。  言い出しっぺは私だけれど、こんな日ぐらい代わってほしい―――。  自分勝手な考えに更に自己嫌悪。  やっぱり金曜日の夕方はちょっとお疲れ。  泣きそうになりながら玄関ドアに鍵を差して、そこで気付いた。  ドアが空いてる―――。  締め忘れたかと慌てて開けて、駆け込んだ部屋の中、朝と同じく何食わぬ顔で台所に立つ貴方。 「何やってるの?」 「昨日のお詫び」  そういう貴方は困ったように苦笑い。  似合わないエプロン姿で、後ろには洗い終わった今朝の食器とざんばら切りの野菜の数々。 「ラーメンで良い?俺、それしか作れないから」  肩を竦める貴方に、私は胸がキュッとした。 「人参とキャベツの芯、これじゃ中々煮えない」  ダメ出し入れて、溢れる涙をひた隠す。  二人一緒に並びながら、水を張った鍋と大きなフライパンに火を掛ける。 「昨日、結婚記念日だったの忘れてごめん」 「別に。私が勝手にしたことだし」  私は尚も素っ気無い。  洗い直した野菜と肉がジュウと鳴る。 「来年は予定合わせて、良いとこ食べに行こ」  丼ぶりの準備をしながら貴方が言う。  私は野菜を炒めながら溜息を吐く。 「だったら、いつものファミレスで良い」 「じゃあ、ケーキは?」  それは魅力的。 「よし、決まり。これから結婚記念日はケーキと唐揚げパーティな」  そう言って貴方がクシャッと笑う。  悔しいけれど、その笑顔は簡単に私の不機嫌を蹴散らすの。 「太っても知らないから…」  沸き立つ湯気に捨て台詞を吐いて、茹で上がった麺にたっぷりの炒め野菜を掻き入れる。  軽々二つの丼ぶりを運ぶ貴方は、やっぱり格好良い。 「「いただきます」」  隣り合ってテーブルに座り、一緒に熱々を頬張る。  初めて二人で作ったラーメンは酷く温かくて、ちょっぴり塩が利いていた。
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