椎名くんは焦らない

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「あっ、わかった」  椎名くんと電柱と星を見ていて、私は気づいた。 「椎名くんのこと、夜に見たの初めてなんだ。だから新鮮でカッコ良く見えたのかも」 「あっ、そういうことか。どうりで……」  椎名くんも私をチラッと見て納得顔をする。 「どうりで……何?」 「いや、なんでもない」 「なに。気になるじゃん」  もうすぐ家に着く。コンビニが近いところにあるのは嬉しいけど、こういう時は近すぎるのも考えものだ。 「早く言ってよ」 「だからなんでもないって。ちょっと、月が綺麗だなって思っただけ」 「月?」  星は見えるけど、月は出てたっけ?  今夜は曇り空なのか、新月なのか、どこにも見えない気がするんだけど。  空を見上げて月を探している間に、私の家に着いてしまった。 「じゃあまた明日な。風邪ひくなよ」 「あ、うん」  椎名くんはあっさりとそう言って逃げるように足早に行ってしまった。  いつも訳の分かんないことを言う人だなと思う。  意味のないやりとり。くだらないおしゃべり。  だけど、何故か胸がポカポカあったかくなる。  食べかけの肉まんのせいかな。  それとも、久しぶりにデートの気分を味わったおかげかな。    ふわりとこぼれたため息の先に、冷たく凍えた十二月の夜空があった。  このままずっとこの場所にいたい気持ちと、遠い未来に今すぐ飛んでいきたい気持ちが混ざり合ってる。  今がしんどすぎて、逃げたくて、逃げたくて。  でもそれはきっと椎名くんも同じなんだろうなと思った。  私たちは気が合う。どこまでも。  離れていてもひとりじゃない。 「さて、もうひとふんばり、やるか」  半分もらった肉まんのエネルギーで、私は再びやる気に火をつけた。  部屋に戻ってノートを開く。  焦らずに頑張ろう。  そしていつか長い冬を越えたら、いつもと同じようにふざけた話で笑い合おう。    それまでまたね。椎名くん。  
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