椎名くんは焦らない

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「あ」  突然、私の前に現れた椎名くんがこっちを見て呟いた。  ホカホカの肉まんを求めてやってきた午後九時の近所のコンビニの前。まさかこんな深い時間にバッタリ彼氏に出会ってしまうとは。  彼の手にも肉まんが握られていた。しかもこのコンビニ特製のビッグサイズ肉まんだ。温かそうな湯気が開封されたばかりの包みからホワホワと溢れていた。 「椎名くんも息抜き?」 「まあな」 「なんだか、椎名くんに会ったの久しぶりな気がする」 「分かる。同じクラスなのにな」  私たちは高校三年の受験生だ。受験までちょうどあと一ヶ月というところ。お互いに追い込んでいて、最近は休日でも遊びに行こうと誘い合うことはなくなっていた。  あと一ヶ月の辛抱だからと遠慮していたし、我慢していたから、こんなふうにバッタリ会っちゃって余計に嬉しかった。自然と笑顔になる。   「ちょっと待ってて。私も肉まん買ってくる。家まで一緒に帰ろうよ」 「あー残念。これが最後の肉まんだったぞ」 「えーっ? そんな……」  コンビニに入りかけたところでショックなことを告げられた。思わずがっくりとうつむいた時、鼻先に肉汁の匂いのする湯気が近づいた。 「半分食べる?」  顔を上げると、椎名くんの目が優しく微笑んでいた。
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