あの男

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 「……違う、のかな。よく分からないや。俺、セックスって全然したことなかったし。あの男と、宮本くんだけ。」  あの男と知り合うまでは、自分は一生セックスとは関係なく、切り離されて生きていくんだと思っていた。ゲイである自分を、隠し続けるためには。それを、あの男がメモ書き一枚で突き崩してしまった。  「光栄だな。」  宮本くんは、すがすがしく笑って俺の顔を軽く覗き込んだ。  「毎日、あの道か公園に立ってるんだ。……俺の価値は、それしかないから。食っていくためだけならね、そこまでむきに立ち続けてなくてもなんとでもなるんだけど、俺、立ってるときしか生きてる感じ、しないんだよね。」  立ってるときしか生きてる感じがしない。  宮本くんが発したその言葉を、俺は、寂しいと思った。寂しい、と思ったら、反射みたいに右手が動いて、宮本くんの肩を抱いていた。細い肩だった。骨が成長しきれていないみたいな。この子は、まだ随分と若いのだ、と思った。  「……中村さん?」  宮本くんが、首を傾げて俺の目を見た。俺は、その目を見返せなかった。  「……ごめんね。もう、一時間、とっくに過ぎてる。」  「ああ、いいんだ。初回サービス。」  そう言って、やはり宮本くんは笑っていた。俺は彼の肩から手を離し、ありがとう、と、かろうじてそれだけ口にした。  「じゃあ、俺はそろそろ行くけど。」  宮本くんが、立ち上がってコートのファスナーを上げた。俺も立ちあがって、彼を見送るために玄関までその背中について行った。スニーカーに足を突っ込んだ宮本くんは、目を細めて俺を振り返った。  「……またよろしくって、言えないな。」  「え?」  「写真の人の気持ち、ちょっと分かるよ。中村さんは、ちゃんとした男を見つけた方が良い。」  ちゃんとした、男?  俺は、返す言葉が見つからなくて、ただ宮本くんの少し跳ねた髪を、指先で整えた。色の薄い猫っ毛は、指に優しく触れた。  「そうだね、半年後には、男、見つけてよ。」   いつかの男と同じ台詞。宮本くんは、こぼれるように笑って部屋を出ていった。  残された俺は、玄関にしばらく立ち尽していた。  半年後。  俺は、誰かといられるだろうか。  分からないまま、ただ、仏壇の前へ行き、宮本くんが残していった線香に火をつけた。こうしてあの男に手なんか合わせるのは、葬式以来だ。  「……半年後には。」  呟くと、頬が涙で濡れた。あの男のために泣くのは、最初で最後だと思った。
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