あの男

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 俺の部屋は、ものが少ない。だから、目立ってしまう。宮本くんは、アパートの一室に足を踏み入れた途端、ちょっと不審そうに首を傾げた。  黒塗りの、仏壇。遺影はまだ若い男。ワンルームなので、他に場所はなく、仏壇の目の前に窮屈に布団が敷いてある。  「……ここで?」  「……いや、かな。」  「……いいよ。金はもらってる。」  ぎこちない会話の後、宮本くんは馴れた仕草で服を脱いだ。白い、若い筋肉ののった、きれいな身体。俺は、彼を前にして服を脱ぐのを臆した。そして、仏壇で笑っている男とはじめて寝たときのことを思い出した。あのときも、俺は服を脱ぐのが嫌だった。やはり、目の前の男の身体がうつくしかったので。  「はい、こっち。」  宮本くんが俺に手を伸ばし、布団の上に座らせてくれた。そして、俺のコートのボタンをするすると外し出す。  夏だった。あの男とはじめて寝たのは夏だったし、あの男が死んだのも夏だった。俺とあの男の間には、冬の記憶がない。  酸欠みたいに白んでいく頭の中でぼんやりそんなことを考えていると、宮本くんが軽く身を乗り出し、俺の唇をふさいだ。  めまいが、した。  俺はあの男としかキスすらしたことはなかった。  「上手くできないかもしれない。」  俺は、宮本くんの腕にすがるようにしがみつくと、勝手に震えてくる声で訴えた。  「半年ぶりなんだ。……その前も、一人の人としかしたことがない。」  宮本くんは、俺の情けない告白を聞くと、すぐに両腕で俺の身体を抱き寄せてくれた。  「そう。大丈夫だよ。俺は得意だし、そういう仕事だから。」  一時間なんて、すぐだよ、と、唇に微かな笑みを刷き、宮本くんはどんどん俺の服を脱がせていった。  電気は、消さなかった。じっと宮本くんの顔を見つめていた。怖かったのだ。記憶の中のあの男に抱かれるのは。  宮本くんは、優しく俺を抱いてくれた。俺の身体のどこにも負担がかからないように、丁寧に扱ってくれた。だから、あの男とは違うのだ。あの男はいつも、俺の身体も心もずたぼろにして抱くのが好みだった。愛なんて、感じたこともない。商売で俺を抱く宮本くんが見せてくれるホスピタリティ、そんなものすらあの男から感じたことはなかった。  なのに、泣けてくるのが不思議だった。俺の身体をふわりと抱きしめながら、俺の中にはいった宮本くんが、頬を伝った涙の雫を舐めとってくれた。  「……大事な人を、亡くしたみたいだね。」  俺は、酸素を求めて喘ぎながら、首を横に振った。  違う。違う。あの男と俺は、決してそんなふうではなかった。
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