あの男

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 「こんなの、下手でいいんだよ。」  宮本くんが、ちょっと笑いながら、歌うように滑らかに言葉を発した。  「数なんてこなさなくていい。そもそも、上手い下手で競うものでもないし。……俺みたいに、商売にしたりしなければね。」  俺は目を閉じて、あの男との行為を思い出した。  あの男は、上手かった。全然経験がない俺でもそうと分かるくらい、上手かった。俺はそれを、嫌だと思った。スムーズすぎる性交は、身体の芯までなにも残さないような気がして。それに、これまで重ねた誰かとの経験が透けて見えるのも、嫌だったのかもしれない。別に交際しているわけでもなんでもない、ただの宿でしかない俺は、なにも言えなかったけれど。  「……上手く、なりたかったんだ。あの男にも、俺と同じような気持ちになってほしかった。……それ以外、なにも共有してなかったから。」  言葉は妙にぎこちなくなった。数日誰とも喋らなかった後みたいだ。俺は子供の頃や今現在も、連休で学校や仕事が休みになると、誰とも喋らないので、たまに喉がこんなふうにおかしくなる。  あの男って、誰? とか、同じような気持ちって、なに? とか、宮本くんは訊かずにいてくれた。ただ、彼は細く長い首を軽く頷かせて微笑した。俺は彼のその優しい顔を見て、切羽詰ったみたいに言葉を重ねていた。  「なにも共有してなかったんだ。一緒に住んでたのに。なにもなかった。生活が空っぽだった。毎日セックスしてたのに、それもなかったことみたいだ。挙句の果てに、一人で死んで……。だから、半年後には男作れって、それだけ俺は、守らないといけないような気がして……。」  「それで俺、呼ばれたんだ?」  「……うん。」  「そっか。律儀だね。随分。」  律儀、だろうか。あの男を一人で死なせた俺は。一月半一緒に暮らした。短かったと思う。ひと夏の記憶というにさえ足りない。半年後には男を作れと言われ、そうするよと答えた俺は……。  宮本くんが仏壇の前から俺の隣に移動し、膝を抱えて座り込んだ。  「セックスを商売にするの、俺は悪いことだと思ってない。……でもね、今日、中村さんの話聞いて……もちろん、写真の人との間になにがあったのかなんて、俺は分かっていないけどね。分かってないけど……セックスって、たかが粘膜接触だからって切り捨てるのも、なんか違うって思ったかな。」  「……粘膜接触?」  「そう。握手なんかとそこまで変わらないでしょって、思ってたし今でも思ってる。でも、中村さんにとっては違うんでしょう?」    
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