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「もし生きてても、おまえの前には現れないよ、一生」
そう言って戦地を共に過ごした親友は戦火の中へ飛び込んで行った。
死ぬつもりはない……けれど、生きてても戻らない。
その言葉は彼の優しさだった。
戻ってくる約束をしたら、それが果たせなかった時に俺が傷つくから。
だから最初から、永遠のお別れを選んだ。
戦争が終わった今、彼の安否はわからない。
本当に戻ってこなかった。
あいつのことだ、生きているとは思う。
でもそれなら少しくらいヒントをくれてもいいじゃないか。姿を現さなくても、なんらかの形で大丈夫と伝えてくれても。
それが出来ないということは……
マイナスな考えはよそう。
ただ曖昧な、淡い期待を抱くだけ。
これからもずっと、そうして生きていくだけ。
*
「統領さま」
十年後、国の頭となった俺のもとに幼い少女が駆け寄ってきた。
まだ七、八ほどの幼女。
終戦記念日の前日、彼と決別したと同じ日付の同時刻。観兵式ということで招集された旧軍兵士たちの警護の隙を抜けて走ってくる。
テロリストかもしれないと、普段なら身を案じて逃げるのだが。
俺はその時、立ち止まって少女が走る風景をスローモーション再生でぼんやりと眺めていた。
会いたいと願っていた男によく似た小さな女の子。いや、目元は違う、だけど見覚えがある。
彼がいつも軍服のポケットに入れていた写真、故郷に残してきた婚約者だという女性の、その面影。
「プレゼント」
差し出されたのは一輪の、白いあやめの花。
無言でそれを受け取ると、少女はニコッと笑い再び走り出した。
警備が少女を捕まえようとするが、彼女は器用にその間を駆け抜けていく。
まるで戦場から抜け出してきたよう。
白は平和の象徴、この国を白に染めてやると。
あやめは便りの花言葉、良い便りを届ける使者。
側近の護衛が「花、どうしますか?」と尋ねてきて、とんだ茶番だと可笑しくなって花を抱えてしゃがみ込んだ。
蹲り、唇を噛んで涙を堪える。
街の人々が騒いでいるのがわかる。
伝わる、
統領が蹲っただけで騒ぎになるこの平和な状況。
どこにいるのだろう。この付近で高みの見物か、はたまた自宅のテレビの前か。
情けない俺を見て笑っているに違いない。やがて役目を終えて戻ってきた少女を優しく抱き上げる。
その顔はきっと、あの頃と何もかわっていないのだろう。
空を見上げる、
白い鳥が空を翔けた。
平和の象徴
二度と繰り返さない戦争の傷跡と、
二度と戻らない、戦火を共にした仲間たちとの時間。
生きてるよ、俺は生きてる。
生きて––––…
明日もまた、空を行く。
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