1 警報

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 窓の外を眺めると豪雨が降り注いでいた。学生の身分なら危険だから休校だとなるかもしれないが、今は軍人の身だ。憂鬱な気分を抱えたまま薬缶(やかん)に水を注ぐ。冷気が肌を撫でた。  冷蔵庫には昨日同期の友人から貰ったショートケーキが入っていた。食パンを焼く時間も億劫になっていたので、取り敢えず胃袋に入れた。しっとりとしていてあまり味はしなかった。  ミリム国の軍人の仕事は主に二つあり、二週間毎に交代される。一つは街の見回りと治安維持、もう一つは国境の警備だ。今日は前者で、明日から後者の仕事に移り変わる。正直、国境の警備の方はあまりやる気が起きない。何が起きても不思議では無いし、痛い思いはしたくない。 「……寒いな」  吐息が白く染まりかけていて、冬の訪れが身に染みて感じられる。僕は支給された軍服を纏い、駐屯所へ向かう。傘をさしても肩が濡れる。  革命が起きた場所からこの街は少し離れているが、未だに市民の心の傷は癒えていない。  家族を失った人、友達を失った人、家を失った人。何も失っていない人の方が少数派だろう。  今日の見回り区間を命じられ、僕は同期の一人であるナカサと一緒に行動する事になった。この街は治安が良いとは言え、何が起きるか分からない。有事に備えて二人一組で行動するのが鉄則だ。 「ハイネ、今日の晩ご飯は何だ?」 「……チョコケーキかな」 「栄養偏ってるぞ? やめといた方がいい」 「君があんなに渡さなかったら、朝ご飯もケーキなんて食べなくて良かったんだけどね」  ナカサとの間の抜けた会話に溜息をつけば、雨も止んできて晴れ間が見えてきた。咲く時期を間違えた桜の蕾が見える。煙草が吸いたくなって火をつけようとすると「仕事中だろ」と窘められた。 「昼飯買ってくるけど、何がいい?」 「甘味以外だったら何でもいいよ」 「根に持つなって。適当に買っとくぞ」 「煙草は吸うなよ! この不良軍人!」と声をかけられて、ナカサは昼飯を買いに離れた。僕は手持ち無沙汰になって近くのベンチに座って湖を眺めた。犬が芝生の匂いを嗅ぎながら横切り、白鳥が優雅に泳ぐフリをしている。  少しずつだが確かに平和になってきている。  そんな感慨に耽りながら、いつも通りナカサの制止を無視して煙草に火をつけようとして、また止められた。バレたか、と観念して後ろを振り返る。  僕の手の甲に触れたその人はナカサではなかった。 「久しぶり。随分と背が大きくなったね」  行方不明の筈の幼馴染が、そこにいた。
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