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そして、たまたま日直の仕事で遅くなってしまった今日。こういうときに限って、母は珍しく早く帰ってきた。
べつにいつもやりっ放しなわけではないのに、母は帰ってくるなり洗濯物が散らばったリビングと洗い物が溜まっている流し台を見て、わざとらしくため息をついた。
ため息は、私にとって暴力だ。
じぶんの存在を責められている気分になる。
私はあんたのためにこんなにやっているのに、おまえは家事すらまともに手伝えないのか。
帰ってくれば小言かため息。お母さんが笑った顔なんて、ほとんど見たことがない。
お母さんはいつも疲れた顔か険しい顔を向けてくる。その顔すら、すべてお前のせいだと言われているようで。
「まったく、もうすぐ高校生になるっていうのに。じぶんで食べたものくらい、じぶんで洗えないのかしら」
ぼそりとお母さんが言った。
「は? いつも洗ってるんだけど」
「じゃあ今日もいつもどおりやりなさいよ」
「今帰ってきたのに無理に決まってんでしょ。私だって暇じゃないの」
「なにが暇じゃないの、よ。朝少し早く起きれば済むことでしょ。まったく……」
母はわざとらしくガチャガチャと音を立てて食器を洗いながら、またため息をつく。
耳を塞ぎたくなる。
……あぁ、もう。
どうして私は、こんな星の元に生まれてしまったんだろう。
貧乏でもいいから、せめて綺麗な母親から生まれるとか、裕福といかないまでもせめて普通の家庭の子に生まれることができたらよかったのに。
……世の中は、不平等だ。
私は、きれいでもない母親から、裕福でもない家庭に生まれた娘。
「……はぁ」
ため息をつきたいのはこっちだ。
なんで私ばかり。
「……もうやだ」
なんで私ばっかり、こんな我慢しなきゃならないの? 周りの子はなにも考えないで遊んでるのに。
お小遣いだってたくさんもらって、旅行にだって連れて行ってもらってるのに。
「……完全に親ガチャ失敗した。生まれるところからやり直したい」
小さな声で悪態をつくと、お母さんが振り返った。
「なにか言った?」
「友達は可愛い服着て、テーマパーク行って、カラオケ行って楽しそうに遊んでるのに。私はいつもまっすぐうちに帰ってきて、洗濯とか買い物とか家のことばっかり」
今度こそ聞こえるように言うと、お母さんの眉間に皺が寄った。
「仕方ないでしょう! 私だってこんなに働かなくていいなら家のことだってやるわよ! 少し手伝ったくらいで……」
「仕方ないで済ませないでよ! こっちはずっと我慢してるのに! そもそも、私を産んだのはお母さんの責任でしょ! じぶんで決めたことを私に当たらないでよ! いやなら産まなきゃ良かったじゃん! 今からでも捨てればいいじゃん!」
大きな声で叫ぶと、お母さんに思い切り頬を叩かれた。手を持っていくと、頬が心臓になったかのようにじんじんと脈を刻む。
頬を押さえたまま、お母さんを強く睨んだ。
イライラがピークに達した。
「ふざけんな! クリスマスだって一回もプレゼントもらったことないし、授業参観だって運動会だってお母さん一回も来てくれたことないじゃん! それなのに、なんで家の手伝いして勉強しなきゃいけないわけ!? 私、高校なんて行かないから!」
「鞠!」
涙で滲む視界のまま、私はお母さんに言葉をぶつける。
「お母さんなんて大っ嫌い!」
そう言い捨てて、私は家を飛び出した。
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