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「あーぁ。サイフくらい持ってくるんだったな」
外気を感じて早々、薄着でサイフすら持たずに家を飛び出してきたことを後悔する。
まぁ、サイフがあったところで千円札一、二枚しか入っていないけど。
あてもなく街をふらふらしていると、どこからかチキンの匂いが漂ってきた。
「……お腹減った」
駅前の噴水の縁に腰掛けて、ぼんやりと行き交うひとたちを見る。
寒そうに肩をきゅっとして歩くサラリーマンに、幸せそうに手を繋ぎ、見つめ合うカップル。楽しそうに笑い声を上げて歩いていく女子高生たち。
噴水の向かいの大きなツリーは、電飾やオーナメントで可愛らしくメイクアップされている。
よりによって、今日はクリスマスイブだ。
みんな、今日は幸せな夜を過ごしているんだろうな。
今宵、世界中の子供たちはワクワクしながら目を閉じて、明日の朝は普段なら絶対しない早起きをするだ。
「……くだらな」
私、サンタクロースを信じてた頃なんてあったっけ。
思えば幼い頃から、私はつまらない現実の中で生きていた気がする。空想も妄想もした記憶なんてない。だって、夢を見る余裕なんて私には与えられなかった。
「……さむ」
手をこすり合わせていると、ふと目の前に影が落ちた。
「メリークリスマス! やぁ、君、ひとりかい?」
私の心の内とは正反対の陽気な声に顔を上げると、サンタクロースの格好をした知らないおじさんがいた。
「は?」
だれ?
一瞬面食らったけれど、おじさんの背後を見るとティッシュ配りをするサンタクロースのコスプレのアルバイトのひとたちが目に入った。
あぁ、なんだ。サンタクロースのコスプレをしたただのおじさんか。ティッシュでもくれるのかな。
そんなふうに思っていると、おじさんサンタはなにも持たない手で私の手を握った。
「こんなに冷たい手をして可哀想に。だれかと待ち合わせかい?」
いや、フツーに女子中学生の手握るとか有り得なくない? 不審者じゃん。
睨むようにおじさんサンタを見上げる。
「違いますけど……というかおじさん、なにかの勧誘? 私、今お金ないしそーゆうの無理だよ」
乾いた手を振り払ってぞんざいに言うと、おじさんサンタは気にした素振りもなく快活に笑った。
「ホッホッホッ! ワシはサンタクロース! まさか女子中学生に夢以外を売るなんて有り得んよ」
「はぁ……」
「さてお嬢ちゃん、暇ならワシと一緒においで。クリスマスマーケットに連れて行ってあげるよ」
「クリスマスマーケット? そんなのやってるの?」
「そうだよ。あそこをごらん」
おじさんサンタは通りの向こうを指さした。見ると、少し先のほうにほのかな明かりが見えた。
……楽しそう。だけど、行ったところでお金を持っていない私はなにも買えない。
私は力なく首を振って、楽しそうな世界から目を逸らすように俯いた。
「……いい。私、お金ないから」
しかし、おじさんサンタは「いいから」と強引に私の手を引いて立たせた。
「えっ……ちょっと」
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