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クリスマスマーケットの会場は、私もよく知る家の近くの公園だった。
広場には、外国でよく見るマルシェのように即席のテントが張られ、アンティークランプやら宝石を埋め込んだアクセサリーやら異国情緒漂う絵画やら、さまざまな店が並んでいる。
いつの間にこんな店ができていたんだろう。
「このクリスマスマーケットは今夜限定のスペシャル開催なのさ! 君、とっても運がいいよ!」
「はぁ……そうですか」
ぼんやりした返事を返しながら、きらびやかな世界を他人事のように眺めた。
宝石のように輝くスイーツ。
できたてパンの香ばしい香り。
ホットココアのあたたかな湯気。
どれもこれも、私には関係のないものだ。
やっぱり、来るんじゃなかった。
行き交うひとたちは素敵なコートにふわふわなマフラー、あたたかそうな手袋までしていて、見た目から生活水準が違っていやになる。
戻ろう、と踵を返そうとしたとき、おじさんサンタがいないことに気が付いた。きょろきょろとしていると、少し先の屋台から戻ってくるおじさんサンタの姿があった。いつの間にかどこかへ行っていたらしいおじさんサンタは、手に焼きそばのパックを持っていた。
「お待たせ! いやぁ、なかなか混んでるねぇ。はい、どうぞ」
おじさんサンタが私に差し出したのは、目玉焼き入りで青のりがたっぷりの焼きそばだった。
「……だから、お金払えないからいらないってば」
そう断った直後、我慢の限界を迎えたらしいお腹の虫が盛大に空に抜けた。それはもう、騒がしいマーケットの中でも大きく響くほどに。
それまで冷え切っていたはずの顔が、めちゃくちゃ熱くなった。
「ホッホッホッ! 素直でいい子だ! ほらほら、君も早くここに座りなさい」
おじさんサンタはそう言って、私の声も聞かずに空いていたテラス席に座ってパックを開けた。あたたかそうな湯気が空へと昇っていく様子に、ごくりと喉が鳴る。
「早く食べないと冷めてしまうぞ」
「……でも」
足踏みする私に、おじさんサンタは小さく笑った。
「目玉焼き付き、青のりたっぷりのスペシャル焼きそばじゃぞ?」
――そのセリフに、え、と思う。
「スペシャル焼きそばって……」
驚き、小さく声を漏らした私に、おじさんサンタはにっこりと笑う。
「これが好物なんだろう?」
「……どうしておじさんが知ってるの?」
驚いて私はおじさんサンタを見る。すると、おじさんサンタは目尻を最大限まで下げて朗らかに笑った。
「ワシはサンタクロースだからね。いい子のことはなんでも知ってるんだよ」
――いい子。
その言葉に、わけもなく涙が零れ落ちた。
「……べつに私、いい子じゃない。素直じゃないし……今までだって、私のところにサンタなんて一回も来たことないもん」
にぎわうマーケットは、別世界のようにきらめいている。そんななか、私はたったひとりで、こんな薄汚れた格好で、知らないおじさんに食べ物を恵まれている。
私がちゃんといい子だったら、きっと今頃優しい家族とあたたかい場所で笑い合っていたはずだ。
せっかくのクリスマスイブにこんなことになっているのは……。
「……私が、悪い子だから」
すると、それまで黙って私の話を聞いていたおじさんサンタが静かに話し出した。
「……今日、街でとある女性に出会ったんだ。その女性は君にとてもよく似た写真を持って、道行くひとに娘を知りませんかってずっと訊ねていたよ」
「え……」
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