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好意
俺は、義弟である恋が好きだ。
12歳、父さんから再婚の話を聞いたときには、ああ、またかと思ってしまった。
父さんの選ぶ人は、容姿にひかれてだとか、地位やお金に目がくらんでだとか下心が見え見えな人ばかりだった。
根拠もなくこんなことは言わない。
今まで、再婚してきた人は、お金遣いが荒かったり、父さんを束縛したり……。
これならまだいい。
俺に被害がないのだったらの話。
父さんと似ている俺に好かれようとしている女がいた。
12歳ながらも不気味に感じた。
その女は母親の目をしていなかったから。
小学校で「将来結婚しようねー」などと好意を寄せてくる女達と同じ目。
父さんがいくら冷たいからってそれはない。
実害がなくても気持ち悪いから避けていると、夜這いしてきた女がいた。
肌をさらした女が馬乗りしてきて、「こういうこと、興味あるでしょ。お父さんには秘密ね……」
そう言って下半身に手を伸ばす。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
けど、声が出なかった。
女を力の限り突き飛ばし(一応サッカーチームでレギュラーをやっていたから、体力はあった)靴も履かず外へ逃げた。
どうしようかと真っ白になった頭で、ふらふらと歩く。
父さんは出張中で家を空けている。
そこへ通りかかったジョギング中のおじさんに事情を話して、警察に電話してもらった。
女は警察に事情聴取で、年は離れていたけれど、相思相愛だったや合意の上だっただの意味の分からないことを話していた、らしい。
これをきっかけに女性不信、人間不信になった。
父さんはなんのためか知らないが、さほど好きでもなさそうな顔をして、嫌な女と再婚してくるし。
小学校では、恋愛沙汰に巻き込まれて、家も居心地が悪くて。
そんな折だった。
あの父さんが頬を染めて、地味……いや、素朴な女性とその隣で母親のそでを掴んでいる男の子を紹介する。
その男の子を見た瞬間可愛いなと思ってしまった。
顔立ちや雰囲気が柔らかい。
愛されて育ってきたんだろうということがわかる。
何よりも汚いものを何も知らないような純粋な目にひかれた。
こちらをちらちら見ている。可愛い。
「織田咲さんと恋くんだ」
手短な挨拶を済ませる。
よかった。
咲というこの女は、変な目で俺を見ない。
それからというもの、多少時間はかかったが、咲さんや義弟の恋と打ち解けることできた。
父さんのことは今も嫌いだけど、この二人は好きだ。
温かい。
今まで家は冷たいものだと思っていたけれど、この二人がいる家はとても居心地がいい。
中学二年生のとき、恋の義兄離れがあって、自分が思うより落ち込んだ。
こんなに恋が好きになっていたんだと気づく。
義弟として、恋のことが好きなのだ。
高校に上がって、俺は高校二年生、恋は高校一年生になったときだ。
恋が事故に遭った。
信号無視のトラックがなんとかと言っていたが、そんなことはどうでもよかった。
電話を受けて、帰ってきた両親と病院へ向かう。
はやく、はやく。
恋が無事な姿を見たい。
病院につくと、恋がいつもの気の抜けたような顔で出迎える。
頭にはガーゼが張ってあったが、元気そうでほっとした。
もし、死んでいたら。
もし、恋が死んでいたら、もう一緒に過ごせない。
恋のいるところが俺の帰るところ。
それがなくなる。
俺の幸せが崩れていくのを想像して、絶望した。
そんなことを考えていると、恋が俺を見て不思議そうな顔をしていることに気づいた。
ベットの隣に備え付けられている洗面台、近くにあったのでなんとなく自分の顔をみる。
そこには、ひどく青ざめた、おびえたような青年の顔があった。
そうか、俺は恋を失うことが怖いのか。
それから、家に帰って何故恋にだけ、異常な執着を見せてしまうのか考えた。
実の父が死ぬところを想像しても、何も感じないのに。
仲の良いクラスメイトも同様。
ただ、恋の母親の咲さんが死ぬことを想像したら、少し胸がズキンと痛んだ。
咲さんが死ぬと恋が悲しむから。
無垢で純粋なあの笑顔が失われるかもしれないから。
そこで、恋を中心に俺は考えているんだと思い至る。
恋は俺の特別なんだ。
世界でたった一人の俺の大切で宝物。
「もう一生放してあげない」
そうつぶやいた俺の笑顔は歪んでいただろう。きっと。
俺が部屋で引きこもっていたから、咲さんは心配してくれていたみたいだ。
もう大丈夫。
心の底からそう言えた気がする。
恋に対する気持ちを理解できたから。
これは愛。
恋が事故に遭って、死ぬほど心配したし、胸が痛んだ。
もうそんな思いはしたくない。
俺が可愛い恋の隣にいて、一生をかけて愛すのだ。
なんて素敵なんだろう。
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