彼女(仮)

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彼女(仮)

馬鹿なことをした、とは思っている。 冷たい冷たい水を浴びればこの気持ちが収まってくれるのだろうかと。 恋を好きだと愛しいと思うこの気持ち。 実際、そんなことはなく、風邪を引いただけだった。 当たり前だけれど。 ただ想っているというだけというのは辛い。 いっそ伝えてしまえればいいのに。 いや、好きだと愛していると伝えてしまえば、恋の傍には居られなくなってしまう予感がして怖いのだ。 義母に看病して貰った後、眠りについた。 悪夢を見ていた。 告白した俺が恋に振られた挙句に、それが広まり、周りから『気持ち悪い』『変』などと悪口を言われ、恋自身にも嫌われてしまうという内容。 夢を見ている間は不思議なことに現実だと錯覚してしまうようで、あるはずがないと言う確信が揺らぐ。 恋が複数人ゆらゆらといて、『嫌い』と口々に言うのだ。 こんなこと実際にあるはずも無い、のに。 つらい。つらい。つらい。 「大丈夫」 力強い大丈夫という声。 …恋の声。 現実に引き戻される。 心配そうに見つめられていた。 「…みっともない姿ばかり見せてる、俺」 恋の前だとより、こんなに弱くみっともなくなる。 「人間らしくてそっちの方が好きだよ」 慰めの言葉には聞こえなかった。 本心なのだろう。 嫌いな俺の部分を好きだと言ってくれる恋。 …嬉しい。 「っ!…ずるいよ、恋は」 「どこが」 「無自覚に人を誑かすところ」 「誑かしてなんかないって」 「ほら、あの凛って奴も」 「っ!寝てろ!」 口が滑り、あの不良の名前も出してしまった。 「…ごめん、困らせたいわけじゃない。ただ、好きなだけ」 好き。 熱で浮かされて無ければ口にしなかった。 もし、引かれても。 熱のせいで、という言い訳を作れるから言ってしまった。 こう言って恋が動揺してくれれば…気づいてくれれば… 「はいはい」 熱で頭がぼうとして表情はよく見えないが、言葉は聞こえた。 受け流されたのだ。 「…わかってないね、恋は」 いや、分かろうとしたくないのか。 俺のことを恋愛対象とは見たくないのかもしれない。 だから、好きの意味も深く考えていないのだろう。 こんなにも想う俺の姿は恋にとって迷惑…? 只管想うのにも疲れたし、告白して嫌われるのも怖いし。 もういいや。 そもそも、恋のことを思ったり考えたりしなければ、俺はおかしくならずにすむのだから。 この長年の想いを終わらせることを静かに決意した。 「明日も学校だから、自分の部屋で寝てきて。何かあったら義母さん呼ぶし」 「…分かった」 恋が出ていくと、また眠りにつく。 自分の中で答えをだせたのに、恋のことが頭にチラついて眠りが浅くなってしまった。 徐々に恋から離れていけばいいか。 朝、義母のお弁当を持ち、一人で学校を出る。 クラスに行くと、いつもより朝早く行ったはずなのに、もう一人女生徒がいた。 黒髪ロングに前髪をピンで留めたどちらかというと地味めな女。 華やかな女よりは気軽に話しやすい。 「おはよう」 「お、おはようございます…」 話しかけられたことに驚いたようで目を開いている。 名前は確か、赤坂雫。 「赤坂さん、朝はやいね。いつもなの?」 「!は、はい。そうです…」 目をさ迷わせている。 早く会話をおわらせたいよう。 この子なら…。 「あの、さ。お願いあるんだけど、いい?」 「はいっ?な、なんでしょう」 「俺の彼女になって欲しいんだ」 「えええ!?」 漫画のように椅子をがたんと揺らす。 「偽のだけど、1週間だけ。無茶なお願いだってのは承知の上で」 「むむむりです」 「…俺、女性が苦手なんだ。克服して、忘れたい人がいるから、協力して貰えたらと思ったんだけど…」 しんみりとした雰囲気になる。 断りづらい雰囲気だからか、性格だからかはわからないがOKして貰えた。 一週間だけなら…と。 代わりに一つお願いを俺も叶えるよ、と言ったら、別にいいですっと言って困ったような顔をしていた。 お昼になると赤坂さんと弁当を食べる。 ベンチに座って。 丁度恋の教室から見える位置だ。 窓際の席でいつも食べているのを知っている。 赤坂さんと距離を詰めて食べていると、 顔が、良すぎる…と一言いって、ふらりとしたので支えた。 赤坂さんの心の安定のために距離を保った方が良さそうだ。 俺は恋に見せつけたかったのかもしれない。 嫉妬なんてしてくれないだろうけれど。
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