3599人が本棚に入れています
本棚に追加
叫んだおかげで少し気持ちがすっきりした凪は、もう一度玄関へ向かいドアの覗き穴を確認した。
すると、先ほどその場に捨てた男性の姿はもうなくて、まるで何事もなかったような夏夜の空気が漂っている。
「……ちゃんと家に帰れたのかな?」
しかし、凪の住むこのアパートは社員寮。
本当にここへ越してきたのだとしたら、先ほどの男性は同じ会社の人間であり。
空室は凪と同じ一階の、隣の角部屋101号室のみだから――。
「え、まさかあの泥酔男、隣の新しい住人……?」
日中のうちに引越し作業をしていたら、仕事で不在だった凪は知らなくて当然。
でも似たようなアパートが近所にあって、建物自体を間違えたのかもしれないし。
まだ同じ会社の人間と断定するには早いと思った。
「泥酔男の生存を祈りつつ、もし次会ったら胸揉まれた分は請求しよ……」
どこの誰かも知らない泥酔した男性。そして向こうもあの様子ではどこまで記憶が残っているのか危ういし。
もちろん凪のことも全く知らないだろうから、身元を探ることは不可能だと諦めた。
だけど、凪の抱く怒りが俊一色に染まらなかったおかげで。
今やっと、冷静に現実を受け入れられているようにも思える。
散々な二十五歳の誕生日を迎えた凪はこの日。
糖質を一切気にすることなく、夜中にホールケーキを一人で食べ尽くした。
最初のコメントを投稿しよう!