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その日の昼休み、毎度お馴染みの蕎麦屋に美里を誘った。
すでに篤人との関係継続の報告はメールでしていたけれど、その詳細を説明することに加えて。
新たにアパートの取り壊しの件を話さなくてはいけなくなった。
「良い機会じゃん、早く新しい部屋見つけて引っ越せ」
「そんな簡単に言わないでよ、部屋探しも簡単じゃないんだから」
湯気が立つ出来立ての蕎麦を火傷に気をつけながら啜る美里に、じっと視線を送る凪。
美里は以前から、凪の住むあのアパートには厳しい意見を持っていて。
佐渡部長と口を揃えて“独身女が一人でそんなところに住むな”と、何度も引っ越しを催促してきた。
ただ、すっかり居心地良い住めば都と化したアパートは、凪にとって家賃面も生活面も申し分なくて。
それを予想外のタイミングで手放さなくてはいけない現実に、ため息が漏れるばかり。
「瀬山さんと仲直りできた凪は今絶好調だから大丈夫」
「何その根拠……」
「隣に住んでる瀬山さんも部屋探し始めるんでしょ?」
「まあ、そうなるね。でも社宅を縮小する件は前から知ってたみたいだからもう次の部屋見つけてるかも」
「……ふ〜ん、なるほど」
その予想が当たりなら、自分より準備期間の長い篤人が羨ましい。
納得のいく部屋がすぐ見つかるとも限らないし、期限が迫ればますます焦る。
だから部屋探しの期間は、余裕を持って長ければ長い方が良いに決まっていると凪は思っていた。
職場から近くて、家賃も安く広々使える部屋なんて。
社員寮以外では正直難しい条件だから、どこかで妥協は必要なこともわかっていたが。
その妥協ができなければ最悪、新居が決まらないうちに退去命令が出て路頭に迷う結末を思い浮かべる。
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