3613人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし、付き合いのある凪にはすぐに今のセリフが冗談だと気づくことができた。
ただ、社会人の綺麗なお姉さんにそんなことを言われた大学二年生のバイト君にとっては。
思わず胸の奥がギュンと掴まれたような感覚に陥る一言だったようで、顔が真っ赤に染まっていた。
「あ、ごめん。冗談よ冗談」
「え……で、ですよね! すみません」
「いや、謝るのはこっち、です。ごめんなさい……」
思っていたよりもずっと純粋でうぶな反応が返ってきたことで、冗談のつもりだった美里も深く反省する。
二人の水を注ぎ終わり、そそくさと席を離れて仕事に戻ったバイト君だが。
よく見ると、まだほんのり耳が赤くて――。
「……なんか、悪いことしちゃった」
「ほんとだよ、仕事中の学生揶揄って何やってんの」
「うん、すみません。でも……」
「でも?」
そう言って何故か考え込んだ美里を、凪は不思議そうに眺めていた。
すると、先ほどのバイト君ほどではないけれど頬が少し赤らんできたのを確認する。
「さっきの子、反応可愛かった、よね……」
「え?」
「初々しくて、久々にキュンときたかも」
珍しく恥じらいながらポツリと呟いた美里が、何か新しい癖に目覚めたような瞳をしていて。
それが、仕事とプライベートのギャップを持つ篤人に惹かれた自分に、とても似ていると思った凪は共感した。
「……わかる、男性の可愛い部分。私も好きだから」
「え、そうなん? じゃああの瀬山さんもそういうところあるの?」
「それは内緒」
「けち」
恋人の可愛いエピソードは凪の心に留めておきつつ、
どうやら美里の興味を引くことになったバイト君のあの反応が、もしも好意的なものだとしたら何かが始まるかもしれないな。
なんていう凪の何気ない妄想が現実になるのは、また別の話。
最初のコメントを投稿しよう!