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この日、終業時間に退勤できた凪は、自宅で夕食の準備をしながら篤人の帰りを待つ。
ダイニングテーブルには既に、二人分の食器やグラスが用意されていて。
生姜焼きの良い香りがキッチンに漂っている時、インターホンが鳴った。
ハッとして表情が和らいだ凪は、火を止めて玄関へと向かいドアを開け放つ。
「おかえりっ」
「ただいま、凪」
約束通り凪の自宅に寄った篤人が、玄関先に立っていて。
ドアが閉まった玄関先で、なんだか幸せそうな表情をしながら凪の体をそっと抱きしめた。
でも、耳元では心配そうな声色で忠告してくる。
「ドア、開ける前に確認した?」
「え、してない」
「もう〜俺だから良かったけど、俺じゃなかったら危ないよ」
「……気をつけます」
「よろしい」
インターホンが鳴ると確認せずにドアを開ける癖がなかなか直らない凪は、シュンとして口先を尖らせた。
その唇に不意打ちでキスを降らせた篤人が、優しく微笑んで部屋に上がる。
こういうシチュエーションになる度に、二人が初めて出会った瞬間を思い出す凪。
確かに、今の行動はドアの向こうにいたのが篤人じゃなかったら大問題だったわけだけど。
内心“あの時の泥酔した俺も充分危なかったけどね”と、かつては危険人物だった篤人に突っ込みを入れつつ。
あれから、こんな未来に発展する人生の不思議と面白さを実感していた。
篤人の帰りを待ったり、出迎えたり、食事の準備をしたり。
一緒に住むとこんなふうに毎日気持ちが昂るのかな。
なんて、まだ経験のない同棲についてふと考えがよぎってしまった凪が首を振っていると。
コートを脱いで手洗いを済ませた篤人が、ダイニングテーブルに並ぶ食事に気づいた。
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