エピローグ

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エピローグ

 篤人と凪の住む社員寮のアパート取り壊しまで、残り三ヶ月となった三月初旬。  朝から快晴が続いている本日は。  偶然にも、新しいことを始めるには縁起が良いとされる一粒万倍日だった。  引越し業者のトラックが一台、アパート前に停車しており。  作業員が数名ほど、包装された大型家電や幾つもの段ボールを次々と積んでいく。  そんな中、有給休暇を使って引っ越し作業をしていた私服姿の篤人が、忘れ物がないか部屋の最終確認をしていた。  短い間ではあったけれど、篤人がお世話になった101号室。  荷物が全て運び出され何もない空間だけが広がっていて、少しだけ寂しさを感じていた時。  帽子を被りこめかみに汗を滲ませた業者のリーダーが、申込者の篤人に報告にやってくる。 「101号室の瀬山さんのお荷物と、102号室の八乙女さんのお荷物。同じトラックに積み終わりました」 「ありがとうございました。お疲れ様です」 「このままトラックで新居先に向かいますね」 「わかりました。僕たちは徒歩で向かうので少し遅くなりますが……」 「大丈夫です。今日はお天気も良いのでゆっくりいらしてください」  引っ越し業者のリーダーが、優しい言葉と共に帽子を外して一礼すると。  大きな荷物を運んだ作業後だというのに、軽快な足取りでトラックの方へと向かっていった。  そして二人分の荷物を積んだトラックは、一足先に新居を目指して走り出す。  立ち去るエンジン音を背中で聞きながら、篤人は最後の作業となる玄関のドアに鍵をかけた。  と同時に、隣に住んでいた凪も自分の家に別れを告げて同じ動作をする。 「凪、前半戦お疲れ様」 「篤人もお疲れ様。色々と手続きありがとうね」 「マンションに着いたら今度は後半戦の荷解きだけど、疲れてない?」 「大丈夫、今んところ全然元気」 「良かった、じゃあ束の間のお散歩デートだ」  そう言って凪の手を繋いだ篤人が、嬉しそうに笑顔を浮かべて歩きはじめる。  隣に寄り添う凪もまた、徐々に離れていくアパートを背に感じながら記憶を呼び起こした。
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