3598人が本棚に入れています
本棚に追加
「本社から転勤してきました、瀬山篤人です。よろしくお願いします」
(……え? ……は?)
ピンと張った夏用ワイシャツと、丁寧に磨かれた革靴。
ミディアムセンターパートの黒髪がしっかりセットされていて、鼻筋の通った男らしくも繊細な骨格。
切れ長の目は初めましての挨拶用に優しく微笑んでおり、一瞬にして女性社員の心を掴む罪深くて爽やかな人。
その姿からは想像もつかないが、凪だけは彼の本性を知っている。
(昨夜私の胸揉んだ泥酔男……⁉︎⁉︎)
篤人の挨拶に社員全員が拍手で応える中、凪だけは口を半開きにしたまま瞬きも忘れていた。
昨日の今日で生存確認できたことはよかった。
しかし、同じ職場の人間だった現実を目の当たりにして、さすがの凪も気まずくて嫌な気持ちを持つ。
「瀬山には長らく不在だった一課の課長としてきてもらったんだ」
(しかも一課! 私の直属の上司じゃん!)
「明日は歓迎会するからみんな予定空けとけなー」
「はーい!」
佐渡部長の説明を聞いて、凪は最悪な気分で頭を抱えていた。
本日より自分の仕事内容、スケジュール、評価の全てが、あの憎き泥酔男に把握される。
今は余裕たっぷりな作り笑顔と冷静沈着を装っているが。
昨夜はだらしないほどに泥酔し会話もできないポンコツで、最終的に見知らぬ女の胸を揉んだ最低な男。
とてもじゃないけど、凪は上司として篤人のことを信用できないと思った。
(仕事、やりづらくなるな〜)
平穏だった日常は、昨日から徐々に狂い始めていて。
それはもうしばらく、続く予感が否めない凪だった。
最初のコメントを投稿しよう!