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01. 遠距離の彼が帰ってくる
五時間前――。
夏真っ只中の七月は、冷房がガンガン効いている職場が最高に思える。
もうすぐ終業時間を迎える頃、キーボードをカタカタ打ちながらデータ入力に勤しむのは。
この支店で働きはじめて三年目となる、八乙女凪。今日から二十五歳。
首ラインがスッキリ見える茶色いショートヘアに、メイクはさっぱりしていて。
「素材が良いのに勿体無い!」と同僚に言われるくらいには、ぱっと見美人な彼女。
しかし、名前には似つかないほどに乙女の欠片もない凪は。
飲み会に行けばビールを何杯も飲めてしまうし、男性社員にも強い口調で話してしまうし。
可愛らしく酔って介抱される、なんて弱みもなかなか見せない女性だった。
(……よかった、今日は定時で帰れそう)
朝には山のようにあった業務が、何とか片付いたことに安堵していると。
同僚であり凪のことを“素材が良い”と言っていた、窪田美里がやってきた。
今日も相変わらず、完璧なメイクとフェミニン系の服を上手に着こなしている。
「凪〜、今日の誕生日ぼっちなら飲みに付き合うけど?」
「いや、彼氏くるから家で過ごす」
「遠距離の彼帰ってくるの? えー優しいじゃん。仲良いね」
「あまり会えないけどなんだかんだ言って続いてる」
淡々と話す凪だが内心嬉しそうであることを、社内で一番仲の良い美里だけは気づいていて。
「じゃあ今日は熱い夜を過ごせそうだね」
「職場でそういうのやめてマジで」
「うふふ、床抜けちゃうかも〜?」
「バカなの?」
いやらしく耳打ちしてきて席を離れた美里の背中を、キッと睨んだあとにため息が出た。
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