01. 遠距離の彼が帰ってくる

1/18
3621人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ

01. 遠距離の彼が帰ってくる

 五時間前――。  夏真っ只中の七月は、冷房がガンガン効いている職場が最高に思える。  もうすぐ終業時間を迎える頃、キーボードをカタカタ打ちながらデータ入力に勤しむのは。  この支店で働きはじめて三年目となる、八乙女(やおとめ)(なぎ)。今日から二十五歳。  首ラインがスッキリ見える茶色いショートヘアに、メイクはさっぱりしていて。  「素材が良いのに勿体無い!」と同僚に言われるくらいには、ぱっと見美人な彼女。  しかし、名前には似つかないほどに乙女の欠片もない凪は。  飲み会に行けばビールを何杯も飲めてしまうし、男性社員にも強い口調で話してしまうし。  可愛らしく酔って介抱される、なんて弱みもなかなか見せない女性だった。 (……よかった、今日は定時で帰れそう)  朝には山のようにあった業務が、何とか片付いたことに安堵していると。  同僚であり凪のことを“素材が良い”と言っていた、窪田(くぼた)美里(みさと)がやってきた。  今日も相変わらず、完璧なメイクとフェミニン系の服を上手に着こなしている。 「凪〜、今日の誕生日ぼっちなら飲みに付き合うけど?」 「いや、彼氏くるから家で過ごす」 「遠距離の彼帰ってくるの? えー優しいじゃん。仲良いね」 「あまり会えないけどなんだかんだ言って続いてる」  淡々と話す凪だが内心嬉しそうであることを、社内で一番仲の良い美里だけは気づいていて。 「じゃあ今日は熱い夜を過ごせそうだね」 「職場でそういうのやめてマジで」 「うふふ、床抜けちゃうかも〜?」 「バカなの?」  いやらしく耳打ちしてきて席を離れた美里の背中を、キッと睨んだあとにため息が出た。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!