3597人が本棚に入れています
本棚に追加
午後十時を過ぎた、静かな夜道を並んで歩く凪と篤人。
既に嫌い認定している上司との会話なんて、長く続くはずもなく。
凪は気まずい空気を感じていると、突然篤人の方から話題を広げてきた。
「あのアパート、女性も住んでたんですね」
「え?」
「防犯的にも外観的にも、あまり女性は好まないアパートだと思ってたから」
だから、まさか凪があのボロアパートに住んでいるなんて思ってもみなかった篤人が。
何故か嬉しそうに微笑んで言った。
「同じアパートの住人として、よろしくお願いします。八乙女さん」
「っ……こ、こちらこそ。よろしくお願いします」
知らない土地に異動してきてまだ数日しか経っていない。
篤人の抱える不安や疲労は当然だと理解した凪は今、少しだけ歩み寄る気持ちが芽生えてきた。
それは、泥酔した姿にほんの一瞬、今の微笑んだ姿が塗り替えられたから。
きっと根は良い人なのだろう。だから、今のうちにはっきりさせておきたかった。
「……あの、瀬山さん」
「はい」
「一昨日の夜のこと、覚えていますか?」
足を止め真剣な眼差しで見つめてくる凪に、篤人も歩くのをやめて向き合った。
そして質問された一昨日の夜を思い出そうと、夜空を見上げて考える素振りはするものの、ゆっくりと首を傾げて――。
最初のコメントを投稿しよう!