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昨日今日と、職場で見た冷静沈着で頼もしい上司の姿はそこにはなく。
代わりに、瞳を潤ませ恥じらいで耳まで赤く染める、思春期男子のような篤人がいた。
その反応に思わず、年上の男性に対して「可愛い」と凪は思ってしまった。
「……申し訳ないんですけど、八乙女さんと会った記憶は全くないんです。でも……」
「でも?」
「実は、翌朝目を覚ました時手のひらに、不思議な感覚だけは残っていて……」
「っ……⁉︎」
「だから、その、触れてしまったことは間違い無いかな、と思います」
そう言って顔を両手で覆う篤人に、拍子抜けしてしまった凪はポカンと口を開けたまま言葉を失う。
予想していなかった篤人の慌てふためく態度は、絶対許さないと決意していた凪の気持ちを溶かしていき。
逆に励ましてしまうくらいに、今にも崩れ落ちそうな上司のことを気に掛けた。
「私の方こそごめんなさい。瀬山さんの本性がどっちなのかわからなくなってつい……」
「……本性?」
「今の反応で充分わかりましたから、もうそんなに謝らないでください」
「でも、八乙女さんを傷つけてしまっ」
「いやいや、胸の一つや二つ減るものでも無いですから」
確かに体を触られた時は驚きすぎて、その後は怒りが沸々と湧いてきたけれど。
初めてでもないし、もちろん処女でもないから、へらっと顔を緩めて言う。
すると凪の表情を目に映した篤人が、ふと真面目な顔つきへと変化して姿勢を正し、目の前に立った。
「いいえ。性的な不快感を覚えた八乙女さんは、体だけでなく心も傷つけられたはずです」
「っ……」
「俺が言えたことじゃ無いですけど、本当に申し訳ありませんでした」
そうして二度目の謝罪の言葉と共に、篤人は深々と頭を下げた。
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