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これはもう通報しかない。
だけどスマホはリビングのテーブル上に置いたままである。
ならば夜分遅くに申し訳ないけれど、大声を出して近所に助けを求めよう。
そう思った凪がスッと息を吸い込んだ時、男性の吐息が首筋を伝って思わず体が強張った。
「ッ⁉︎」
それは恐怖によるものではなく、腰裏をゾクリとさせる媚薬のような効果で。
他人から受ける久々の肌への刺激に、凪はつい呼吸を止めて身動きできなくなってしまった。
そんなことになっても未だ泥酔中の男性は、凪の首元で甘えるようにスリスリと黒髪を擦ってくる。
覆い被さる自身の体を起こすどころか、見ず知らずの凪の生足や細い腕にゆっくり触れていくと。
不意に、布越しに柔らかな膨らみが手のひらにおさまって、一揉みした男性がぽつりと寂しげに呟いた。
「……まなみぃ……」
「…………は?」
一瞬、この住み慣れた自宅が地獄のように思えた。
人の胸を揉んでおいて他の女の胸と間違えている男性の一言に、凪の怒りがやっと迷いなく頂点に達した時。
はたから見れば、ただ玄関で男女が抱き合い今にも始まりそうな状況を。
渋滞を抜けてようやく到着したばかりの俊が、玄関のドアを開けて呆然と眺めていた。
凪の全身の血の気が、スッと抜けていく。
「お、お疲れ俊。こ、これはね……」
「……わかるよ」
「え? よかった、じゃあすぐ助け」
「凪も寂しかったんだよな」
「……ん?」
視線を逸らし、呆れ顔で口角を上げて目の前の凪と向き合おうとしない俊に、不安を覚えた。
その態度と言動から、泥酔男との浮気を疑っていることがすぐにわかったのに。
だけど、“凪も寂しかった”って、何?
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