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バスに揺られること二十分。
自宅から程近いバス停で下車した凪は、自宅アパートへの短い道のりを昨日出勤した時の姿のまま歩いていた。
たまに吹く風が冷たくて、両手を上着ポケットの奥に突っ込む。
するとオレンジに色付きはじめた太陽が、凪の背中を照らしてその体を包み込んだ。
冬にこの温もりはありがたいと、心が和らいでいくのを感じた時。
自宅アパートの外観が見えてきて、凪の視線の先にいたのは――。
「……っ、凪!」
「え……⁉︎」
愛美を連れて姿を消して以降会うことのなかった、二日振りの篤人が誰かを待ち伏せするように立っていた。
その表情はどこか不安げで悲しげで。
だけど凪と目を合わせた瞬間、少しだけホッとしたようにも見える。
どうして何事もないように名前を呼ぶの。
どうしてそんな切ない瞳を向けてくるの。
凪はこの状況も篤人の様子も理解できず、頭の中が混乱しはじめる。
もちろん言葉も出てくるはずなく、ただじっとその場から身動きが取れずにいた。
そんな凪の様子を心配して篤人が駆け寄ろうと一歩前へ出た時、ようやく凪の足も動く。
ただそれは、篤人と距離を置くための後退の一歩だった。
「凪……」
「……お疲れ、様です」
元は恋人であっても今は職場の上司と部下。
例え休日であってもその関係性に変わりはないと、凪は視線を逸らしてぎこちない挨拶をする。
その反応に寂しさを感じて、篤人の足も止まってしまった。
だけど、そうなる理由を作ったのは自分自身だから、仕方がないとも思っている。
ただどうしても、誤解は解きたくて。
だから、連絡が取れずいつ帰るかもわからない凪の帰りを、空気が冷える冬空の中をずっと待っていた篤人。
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