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「この前は、ごめん……ちゃんと理由も告げずに凪を置いて行ってしまって」
「……いえ、もう大丈夫、なので……」
「え、大丈夫っ、て……?」
篤人から何の説明もしていないのに“大丈夫”とは一体どういう意味なのか。
怪訝そうな顔で凪を見つめるも、相変わらず視線は合わない。
その様子から、凪の言う大丈夫は“もう要らない”なのかもしれないと、篤人が勘繰る。
「……凪」
それほどまでに、凪の心を傷つけてしまったことを深く反省するが。
そんな篤人もまた、心を抉られるような深い痛みを感じていた。
今でも愛しているのは凪で、失いたくないと思っているのも凪だから――。
「……昨日有給休暇を使ったのは、愛美を無事東京まで送るためだった」
「え……」
「愛美は以前からストレスを抱えると摂食障害になりやすくて、今回もその傾向がみられたから……」
あの時の篤人にはわかっていた。精神的に不安定だった愛美と、何も知らずに正論をぶつけていた凪。
その間で自分がどうするべきか咄嗟に考えて、愛美を凪から遠ざけることを選んだ篤人。
あのまま凪に責められた愛美が、急に逆上してしまう可能性だってゼロではなかった。
だけどかつての恋人も、今一番愛している恋人も。
篤人の人生には必要な出会いだったと思いたいから。
「一旦、保護するという意味で愛美を連れ出したんだ」
「っ……」
「宿泊予約のホテルもなかったみたいだから、仕方なく朝までファミレスで話聞いて……」
(……ホテルは利用していないんだ)
「だからやましいことは何もなくて、そもそも凪がいるのにそんなことは、絶対にする気にもなりません……」
さっきまで仕事中の上司らしい風格が表れていたのに、凪の名前を口にした途端にフワッと表情が和らいで頬を染めはじめた篤人。
だけどその反応は、凪が一番好きな、凪だけが知る特別な篤人の姿だった。
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