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 でも、亜美ちゃんは、手にはめることはあっても、けっして靴下をはこうとはしませんでした。   「これはね、由梨ちゃんが、今年のクリスマスに帰ってきたときにはくんだ!」  そう言って、バースデイカードと一緒に、机の引き出しにしまったままにしていました。  日本を発つとき、由梨ちゃんは約束してくれたのです。 「今年のクリスマスには日本に来るから、また一緒に遊ぼうね! そのときは、わたしがプレゼントした靴下をはいてきてね!」  亜美ちゃんは、その日を心待ちにしていました。  もらった靴下で由梨ちゃんと一緒に過ごすクリスマスは、二人の思い出のアルバムの新たな一ページとなるはずでした。それなのに――。 「あーあ、余計なことしなきゃ良かった……」  佳織さんは、自分が靴下を手にはめて、涙をふきたいような気分でした。  十二月にしては朝から暖かだったこの日、仕事がお休みだった佳織さんは、張り切って洗濯にとりかかりました。  そして、亜美ちゃんのパーカーやトレーナーを洗濯機に入れているうちに、ふと思いついてしまったのです。 (そうだ、あの靴下! 今のうちに一回洗っておいた方がいいわよね?)  涙をふいただけの靴下です。そんなに汚れているはずはありません。  でも、佳織さんは、染み込んだ涙をすっきり洗い落とした靴下をはかせて、亜美ちゃんを由梨ちゃんに会わせたいと思ってしまったのです。  そんなことを思いつくくらい、朝の太陽はきらきら輝いていました。  そろそろ、亜美ちゃんが学校から帰ってくる時刻です。  靴下は、駅ビルのファンシーショップで買ったもののようでした。  今から買いに行っても、亜美ちゃんの帰宅には間に合わないでしょう。  それに、これは去年の商品なので、今年はもう売っていないかもしれません。ああいうお店では、季節の商品は毎年新しいデザインの物を並べるはずです。  さんざん考えて、佳織さんは、「正しいお母さん」になることにしました。  子どもに正直に話し、自分の罪を認めて謝る!  その結果、子どもから怒られたり無視されたりするかもしれないけれど耐える!  反省していることを、きちんと態度で示す!  そう決めると、佳織さんの落ち込んだ心もほんの少しだけ軽くなりました。  そして、赤い靴下をエプロンのポケットにしまうと、ちょっと緊張しながら亜美ちゃんの帰りを待つことにしました。
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