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「ただいまー!」  佳織さんが、インターホンのボタンを押すと、画面の中の亜美ちゃんが元気よく叫びました。佳織さんの仕事がお休みの今日は、わくわくスクールには寄らずに、まっすぐに家に帰ってこられたので、亜美ちゃんの声もこころなしか弾んでいます。 「おかえりー!」  そう言いながら佳織さんがドアを開けると、亜美ちゃんが勢いよく飛び込んできて抱きつきました。  来年には三年生になるのですが、家ではまだまだ甘えん坊です。  その甘えん坊に、佳織さんはこれから叱られなくてはなりません。  手洗いとうがいをすませ、子ども部屋へ荷物を置きに行った亜美ちゃんが、宿題を抱えてリビングへやってくると、佳織さんは亜美ちゃんをソファに呼びました。  けげんな顔をしてとなりに座った亜美ちゃんに、佳織さんは頭を下げながら言いました。 「亜美、本当にごめん! 実はね、わたし大失敗をしちゃったの……」  佳織さんは、亜美ちゃんの大切な靴下の片方をなくしてしまったことを、正直に話しました。いろいろな場所を探したけれど見つからなかったと言って、もう一度謝りました。  そして、話を終えると、エプロンのポケットから小さく畳んだ赤い靴下を取り出しました。  佳織さんは、きっと亜美ちゃんが泣いて騒いでたいへんな騒ぎになると覚悟していたのですが、亜美ちゃんは意外と落ち着いていました。  右手に受け取った靴下をはめると、それに優しく頬ずりしながら、ちょっとだけ悲しそうな顔をしました。 「かわいそうなクッツン……。お友だちのシータンがいなくなって、亜美とおんなじひとりぼっちになっちゃったんだね……」  亜美ちゃんのつぶやきを聞いた佳織さんは、思わず自分も泣きそうになりました。  亜美ちゃんは、靴下に「クッツン」と「シータン」という名前までつけていたのです。  いつも一緒のふたりを眺めて、自分のそばに由梨ちゃんがいたときのことを思いだしていたのかもしれません。 「ひとりぼっちじゃないわよ! 亜美には、由梨ちゃん以外のお友だちだって、いっぱいいるじゃない? クッツンだって、靴下の引き出しに入れてあげれば、ほかの靴下たちに囲まれて、きっと寂しくないと思うわ!」  佳織さんは、亜美ちゃんの悲しみを吹き飛ばそうと、良い提案をしてあげたつもりでした。  しかし、それを聞いた亜美ちゃんは、ちょっとシニカルとも思える表情で答えました。 「そうかもしれないけど……、でも、誰も由梨ちゃんの代わりにはなれないよ。クッツンだって、シータンがいなければ、はいてあげることはできないでしょ。別の靴下がいくらあっても、シータンの代わりにはならないよね?」  返す言葉もありませんでした。佳織さんは、亜美ちゃんに言い負かされてしまいました。  いつの間に、こんなにしっかりしたことを言えるようになったのでしょうか? 甘えん坊の小学二年生だと思っていたのに――。  ただ、こうなっては、何としてもクリスマスまでに、シータンを探すしかありません。  そうしなければ、本当の正しいお母さんではないような気がしました。  佳織さんが、シータンが隠れていそうな場所をいろいろと思い浮かべていると、亜美ちゃんが、ポンポンと佳織さんの膝をたたきました。 「もういいよ……。ママだって、いっしょうけんめい探したんでしょ? でも、見つからなかったんだよね……。しかたないよ。だから、由梨ちゃんに会ったら、わたしといっしょに謝ってね」 「うん。本当にごめんなさい。シータンがいなくなってしまったのは、わたしの責任だから、ちゃんと由梨ちゃんに謝ります」 「それとね、もうはけなくなっちゃったクッツンには、ひとりでできるお仕事をさせようと思うの」 「えっ? ひとりでできるおしごと?」 「そう、サンタさんにプレゼントを入れてもらう靴下にしようと思うんだ。それなら、ひとりでも役に立つでしょ?」  すごいアイディアを思いついちゃったという顔で、にこにこしている亜美ちゃんを見て、また佳織さんは泣きそうになりました。  片方だけになった靴下に、もう靴下としての出番はありません。  でも、大事な靴下だから、年に一回だけでも出番を用意しようと亜美ちゃんは考えたのです。  佳織さんは、感謝と愛を込めて亜美ちゃんを抱きしめました。
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