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「困ったわねえ……」  十二月の始まりの日――。  洗濯物をたたみ終えた佳織(かおり)さんは、そう言って小さなため息をつきました。  洗濯かごの中はもちろん空っぽだし、ベランダに下がっているピンチハンガーには、何も揺れていません。  それなのに、ラグに座った佳織さんの前には、娘の亜美ちゃんの赤い靴下が、ぽつんと片方だけ残っているのです。  ベランダは、隅から隅まで調べました。土だけになったアサガオの植木鉢の下も見てみました。ダンゴムシが、十匹ぐらい集まっていたのでびっくりしました。  洗濯機の中も、目をこらしてじっくり探しました。五十円玉が一枚転がっているのを見つけました。だけど、いつもほどうれしくはありませんでした。  たたんだ洗濯物を衣装ケースやチェストにしまい終えると、佳織さんはあらためて赤い靴下を手に取りました。よく見れば、とてもおしゃれでかわいらしい靴下でした。  はき口の部分は、金色の糸で縁取られていましたし、足首には同じ糸で小さなツリーが刺繍されていました。  これは、亜美ちゃんにとって特別な靴下でした。  去年のクリスマスに、親友の由梨ちゃんがプレゼントしてくれたものだからです。  由梨ちゃんは、お父さんの仕事の都合で、三月に外国へ旅立つことが決まっていました。三月の最後の日、空港まで見送りに行った亜美ちゃんは、泣きながら手を振って由梨ちゃんとお別れしました。  由梨ちゃんが行ってしまった後、亜美ちゃんは、机の引き出しにしまってある靴下をときどき取り出しては眺めていました。  今年は、イチゴ狩りもお花見も、誕生日のチョコレートケーキでさえ、亜美ちゃんを笑顔にすることはできませんでした。 「由梨ちゃんがいたら良かったのに――」  楽しいことがあるたびに、残念そうに亜美ちゃんはつぶやきました。  少し遅れて届いた由梨ちゃんからのバースデイカードを見たとき、ようやく亜美ちゃんの心にも春一番が吹いたのでした。  この一年、靴下とバースデイカードが、亜美ちゃんの心のお守りになってくれました。  かけっこで転んでしまった運動会。  雨で中止になってしまった花火大会。  風邪をひいて行かれなかった遊園地。  がっかりすることがあると、亜美ちゃんは靴下を手にはめて涙をふいていましたっけ。  まるで、由梨ちゃんになぐさめてもらうかのように――。
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