黄昏

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 それは良く晴れたある日曜日の朝のことだった。  まだ寝ぼけ眼でクシャクシャ頭の僕がリビングに顔を出すと、僕より先に起きていた妻が掃き出し窓を僅かに開けて外を見ていた。と、すぐに妻はカチャリとドアの閉まった音で僕が起きて来たことに気づくと、パッと振り返ってこちらに小さく手招きをした。 「ちょっとあなた、お義母さんが……」    その妻の一言が理由も無く妙に、まだひんやりとした朝のリビングに不穏に響いた。途端に僕の脳細胞はハッと目を覚ましたのだった。 「え?何?おふくろがどうした?」    僕は急げばポンと脱げそうになるスリッパをもどかしくパタパタと鳴らして妻の隣に立つと、彼女が遠慮がちに小さく開けていたガラス戸を勢い大きく開いて外を見た。  すると妻が言う通り芝生の庭に、ピンクのパジャマの上にモフモフとしたライトグレーのガウンを羽織った母がいた。    いや普通だったら、それがどうした──という話なのだが。    母は庭をコの字に囲んだ木目調の樹脂フェンスの中で、たっぷりの朝日を全身に浴びて、地面に目を落としたままただ歩いている。短く切った白髪の髪の毛はキラキラと銀色に輝き、あまり陽に当たらない肌も相まって、海外映画で見たような少し呆けた白人の老女のように見えた。    僕と妻は二人肩を並べて何も喋らずに、母の奇妙な行動をしばらくボーっと見ていた。    母は休眠に入った夏芝の上にまさかミステリーサークルでも作ろうとしているのか……とはその時点では勿論冗談だが、母はまるで丸く引かれた線の上を足でなぞるように、両手を後ろ手にしてゆっくりと無心に歩いている──いや、無心かどうかなんて、母の心の中まで僕に分かるわけがないけど。
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