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二 うふふ
十一月初旬。
ベージュのトレンチコートを着た女が、三田中代議士の講演会の受付へ歩いている。ゆっくり、静かに・・・。
周囲の目が女に向くが、女は視線に気づいていないか、あるいは無視してるようだった。俺は綺麗な女の横顔に見とれた。体型はちょっとふくよかだ。
「亮っ。紹介する。大原さんだ。こっちは小田だ」
俺の同僚、臨床心理士の古田和志が俺を呼んで紹介した。古田和志には大原とは別に、連れの女がいた。
なんで古田はこの大原という女を知っているのだろう・・・。
俺の疑問を無視するように女が俺に微笑んだ。
「大原です。うふふ」
「小田です」
女は、大原まり子と自己紹介して、うふふと微笑んだ。正面からの顔は横顔とちがって南部煎餅みたいにまん丸だった。うふふと南部煎餅。奇妙な印象が残った。
古田はまり子を紹介すると、連れの女と共に受付から公演会場へ移動した。古田の連れの女に俺は見覚えがなかった。
「あたしたちも入りましょうよ」
まり子は俺の手を引いて会場に入った。
何だ、馴れ馴れしいな。この女・・・。
女の態度が気になった。女は俺を知っているみたいだが、俺はまり子に憶えがなかった。
講演会は地元商業地域の再開発についてだった。どこまで実行可能か、おきまりのオオボラに近い選挙戦を睨んでの公約なのは見え見えだ。
三田中代議士の政府への口利きで、電力会社が送電網を完備した件について何か話すかと思ったが、何も話に出なかった。電力会社が代議士に口利き料を払った事を追及されるとこまるのはわかりきっている。
三田中代議士の個人秘書の新井慎司を探したが、会場には居なかった。個人秘書だからとて、全て裏方に徹しているとは思えない。おそらく会場に来ていないのだろう。と言うことは、収賄事件の主謀者として警察等に拘束されている可能性もある。
そんな事を考えているあいだに公演会は終わった。
「それではあたしはこれで。明日、ご飯をいっしょに食べたいわ。時間は・・・」
講演会後、まり子はデイトの日取りを決めて、古田の連れの女と共に会場から去った。
「詳しい話をしなかったが、何者だ?」
俺は古田に訊いた。
「玲香の連れだ」
「あの玲香か?三田中代議士の親戚のか?」
「ああ、あの三田中玲香だ」
「昔とちがってたから、わからなかったぞ。美容整形でもしたんか?」
「図星だね。俺も最初、本人とはわからなかった」
三田中玲香は古田和志の大学時代の知り合いで、三田中代議士の遠縁だ。俺は三田中玲香と話した事は無い。
「俺たちを監視してるのか?代議士の個人秘書の新井慎司の件で」
「亮に、亮好みの女を近づけて、新井慎司を抹殺するか、監視する気なんだろうな」
「なんで、俺の好みを知ってるんだ?古田、お前、玲香にしゃべったんか?」
「大学時代に話した覚えがある。亮の好みを訊かれて・・・」
「大学を出て五年だぞ。その頃から、今回の件を画策してたんか?」
俺は、三田中代議士の個人秘書、新井慎司の自殺依頼が、何年も前から計画されていたの直感した。
「さて、飯でも食ってゆくか?」
俺は古田和志に話したいことがあった。
「そうだな。豚珍館へ行こうか・・・」
中華料理店・豚珍館の経営者の梶聖也も我々自警団の一員だ。
俺は古田和志にロビーの壁と天井を示した。監視カメラが作動している。おそらく、集音マイクが完備している。俺たちを探っているはずの三田中代議士なら、監視カメラをチェックして、俺たちが何を話しているか知るはずだ。
「とにかく、ここから出よう」
俺たちは公演会場の市民会館を出た。
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