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 紫色の雲。いつだったかあの人はそう表現した。  その藤の花がまた見頃を迎えていた。 「小紫。今日はどうたい」  兄貴分の藤丸が声をかけてきた。振り返ると藤丸の鬱々とした表情があり、それはまるで水面に映る自分のようだと小紫は思った。 「深徳寺に呼ばれている。夜は久しぶりにあの人のところへ」  藤丸の目尻に皺がより、さも可笑しそうに言う。 「ね。俺はからっきし駄目だ。あんなに足繁く通ってきた奴らも皆どこかにいっちまったさ」 「先日身の振り方を考えるってぇ話をしていたけど──」 「陰間に何が出来るってんだい。女ならよ、唄の師匠だなんだってやれることはあるだろうが、我ら陰間はなにもありゃしない」  明日は我が身。小紫は藤丸の愚痴がめっぽう嫌いだった。不安に苛まれ、一緒になって死にたい気持ちになるのだ。 「兄さん、まだ遅くねぇ。一年、歯を食いしばって金を貯めたらいいんじゃねぇか。そんで小さい店でも始めてさ」  眉根を寄せた藤丸は「それ、二年前に言ってくれって話よ。今更買い手のつかねぇ陰間にどうやって貯める金を作れるってんだ」と、投げやりであった。  二年前ということは、今の小紫と同じ歳ということだ。確かに小紫は最近前より客に呼ばれることが減ってきており、一年前にやってきた若い陰間にじわじわと客を持っていかれていた。その事が一層、自分と藤丸を重ねる要因になっていることに小紫も気がついていた。 「そのは、お前を身請けしてくれやしないのか?」  ぼんやり耳を傾けていた小紫に藤丸の言葉が刺さった。自嘲気味に笑って答える。 「所詮、中身は男。身請けしてなんになる? あと数年は楽しめるかもしれないが、その先はなんにもありゃしない。無理ってもんだろ」  それに、最近は会う頻度も下がってきている。これはもう時間の問題なのかもしれない。  あの人の事を考えていたら、いつからか横で藤丸がジッと小紫を見つめていた。 「俺は思うんだがよ。歳を取るより、金がないより、地獄がある。それが客に恋慕することだ。お前とまぐわったその体で、他の男を抱くかもしれない。男ならまだましだ。女なら太刀打ちできん。それが妻なら、もう──」  藤丸は小紫を哀れんで、そこで言葉を止めた。そう、小紫は客に入れあげていた。藤丸もそれをとうの昔から勘付いていて、なにかというと遠回しにやめておけと苦言を呈すのだ。  行くも戻るも地獄だ。小紫は藤丸からスッと視線を外して「身の程のわきまえているから」と力なく言ったが、それは虚しく空へと消えていく。 「そうかい。それにしてもこの藤はいつまでもつのかねぇ」  藤棚を見上げて話題を変えた藤丸に倣って小紫も顔を上げた。 「花の命は短いから」 「そうだな」  風が吹いて花がその命を燃やすように揺れていた。
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