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「では、風の魔法学の授業を始めます。」
大慌てで駆け込んだ教室内は生徒で溢れかえっていた。
席は中央にある大きな黒板に向くように、大きな長机がU字型に設置されていた。
アミスとヴァルプスは空いている席に隣同士に座り、黒板の前にいる教師に目を向ける。
穏やかな表情の女教師は黒板の文字を杖で指しながら魔法についてを説明し始めた。
しかし人間のアミスにとっては訳のわからないことばかりである。
「竜巻を起こす魔法は風の魔法の中でも特に強大なものと言われています。
そのため習得にはかなりの時間と労力が必要ですが、悪用の危険を防ぐために闇の魔力を持つ者は習得を禁じられています。
それから最低でも光の魔法検定三級までの実績が必要です。」
「……?」
他の生徒たちは羊皮紙にペンを走らせていた。
中には世間話に花を咲かせている生徒もいたり、分厚い教科書に隠れ居眠りする者もいた。
アミスはとりあえずペンを手に取り、教師の話に耳を傾けていた。
「もし悪用してしまった場合は直ちに死神によって捕えられ牢獄送りにされますからね。
魔法は日常生活の役に立つものもあれば、大きな犯罪を生むものもあるのです。」
教師は黒板に描かれた紋章のようなものを指しながら長々と説明している。
「…ねぇヴァルプス、あのマーク何?」
アミスは隣で羊皮紙と教科書を交互に見ているヴァルプスにこっそり耳打ちをした。
「ん?あぁ…あれはね、七つの魔法よ。」
「七つの魔法…?」
アミスはもう一度黒板へ目を向け紋章を凝視した。
星のような形を囲む五つのマーク。その下にはもう一つ、孤立しているマークが描かれている。
「…あの真ん中にあるのは?」
「光の魔法ね。」
「じゃあ、それを囲ってるのは?」
「あれは五つの常用魔法。風、炎、水、地、雷ね。」
言われてみれば確かにそんな形をしていると、アミスは妙に納得していた。
星のような光を囲む五つ。竜巻のように渦を巻いた風、燃え盛るような炎、滴る雫のような水、ゴツゴツとした山のような地。
彼女は最後に残ったマークをまじまじと見つめる。上の六つから独立しているそれは、蛇のように不気味にうねっていた。
「…あの一番下のやつは…?」
「……あれは闇の魔法。」
ただ黒板に描いてある絵のはずなのに、アミスにはそれが歪んで見えた。
何か禍々しいオーラを感じたのだ。あの時襲ってきた黒い悪魔のような恐ろしい何かを…。
「この世界に存在する魔法は七つ。風、炎、水、地は常用魔法。雷は応用魔法ね。」
ヴァルプスはアミスの羊皮紙に五つの魔法のマークを描き始めた。
黒板に描かれているものよりかは雑だったものの、アミスには十分過ぎるほどわかりやすいものだった。
「そして光の魔法。なにより習得が難しくて、使える人はあまりいないの。
でもアミスがここへ来た時に唱えた呪文、あれがまさしく光の魔法なのよ。」
ヴァルプスは星型のマークを羊皮紙に描き加えた。
アミスはその形をなぞるように、羊皮紙に指を這わせた。
(…でもどうして、私なんかが使えたんだろう…?)
その隣にヴァルプスは最後のマークを描き始める。
闇の魔法のマークだった。黒いインクが紙に染み込み、黒板よりも遥かに禍々しさを増していた。
「そして…これが闇の魔法。この町では使ったら即逮捕、死神の監獄行きね。
でも反対に、闇の魔法が主流になってる国もあるの。例えば……悪魔の国とかね。」
「悪魔……。」
黒いインクで描かれたマークとあの時の悪魔が重なり、アミスは息を飲んだ。
全身ドス黒い身体、二本の角。大きな翼、垂れ下がった尻尾。そして血のように赤い二つの眼…。
同じように真っ黒い槍を生み出し、容赦なく襲いにかかってきたあの悪魔を。
そんなことを考えているうちに、教室中には鐘の音が響いていた。
「では今日の授業はここまで、次は冷風魔法と水の魔法で氷を生み出す方法について学びます。」
鐘が鳴り終わると同時に、生徒たちは席から立ち上がった。
「行きましょうアミス。次の授業は十分後よ。」
ヴァルプスは教科書や羊皮紙を鞄に詰め込み立ち上がる。
アミスもそれに続いて立ち上がり、ゾロゾロと教室を出て行く生徒たちの後に続いた。
廊下は生徒たちで溢れかえっていた。特徴的な制服さえなければ、人間の学校と変わらない光景だった。
あアミスは七つの魔法が描かれた羊皮紙を眺めながら歩く。授業はほとんど聞いていなかったものの、それ以上に重要なことを学べた気がした。
彼女は羊皮紙を丸め鞄に仕舞うと、隣を歩くヴァルプスに自信満々の笑みを向けた。
「思ってたよりも楽勝だったかも、授業。」
「あはは……でも次はそうはいかないかも…。」
ヴァルプスはショルダーベルトを握りながら苦笑いを浮かべた。
「え?どうして?」
「直にわかるわ。」
「良いかお前ら!今度の炎のテストは難問揃いだ!点数七十点未満の者は補習授業があることを忘れるんじゃないぞ!」
ツンツンとした頭の男教師は分厚い教科書を教卓に叩きつけた。
バァンッという凄まじい音が教室中に響き、多くの生徒たちがその音に肩をびくつかせた。
誰も談笑せず、互いに目を合わせようともしなかった。教師は力強い字を黒板に書いてゆく。力が強いのか、時折チョークの破片が床に飛んだ。
アミスはその光景に呆気に取られていた。隣のヴァルプスはすっかり縮こまり、ペンを持つ手は少し震えていた。
「よーしお前ら!手始めにこの問題を解いてみろ!教科書を確かめるなんて卑怯な真似は許さんぞ!」
教師は黒板をバンバン叩きながら生徒たちを見回した。
生徒たちは目を背けたり、羊皮紙にペンを走らせ始めた。まるで目を合わせるのを拒むかのように。
教師は一通り見回した後、一人の生徒に向かって指を指す。
「よし…そこの生徒。炎の魔法を使う際、性能を上げるために服用する薬の名称は?」
指名された生徒は渋々立ち上がった。背が小さく気の弱そうな魔法使いだった。
「えっ…えっと…その……。すみません、わかりません…。」
「何ぃ!?こんな問題もわからんのか!?なんて奴だ…!お前の頭はゴブリン以下か!?」
教師は大声で生徒を叱りつけている。
周りの生徒たちはただただ目を背けており、それはアミスたちも同様だった。
(て…典型的なスパルタ教師だ…。)
教室中に唸るような怒鳴り声だけが響く。
誰も止めることができずに、しばらくは説教が続いていた。
そこに一人、手を挙げ立ち上がる生徒がいた。
「先生、その問題…私なら解けます。」
全員が声のする方向を向いた。水色の髪、青い宝石のリボン。エミリーだ。
アミスたちの方を見ながら自信満々の笑みを浮かべている。
ヴァルプスは彼女から目を逸らし、アミスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ほお…答えてみろ。」
「炎の魔力の性能を上げるためには、クラティの花を煎じたものを服用します。」
教師はその回答を聞くと、満足げに口角を上げた。
「正解だ、よくやったぞ…。」
エミリーは鼻が高そうに笑い席についた。その間もアミスたちをずっと見ていた。
まるで見下しているようなその目つきに、ヴァルプスはボソリと「悪趣味…」と呟いた。
「じゃあ次の問題だ…。」
教師が再び生徒を指名するために教室中を見渡すと、生徒たちは再び顔を背けた。皆、不正解で晒し者にされるのは御免だった。
アミスも目を逸らそうと下を向いたが、少し遅かった。ほんの一瞬だけ教師と目が合い、その瞬間彼はニヤリと笑う。
「……よーしそこのお前、お前だ。青髪の魔女、立て。」
教師はアミスを指差した。
「っ…ア…アミス….。」
「……っ。」
アミスは背筋に汗が伝うような感覚に身慄いした。
鼓動はバクバクと早まり、心臓は破裂しそうだった。
立ち上がった時にはまるで猛獣に睨まれる草食動物のように縮こまっていた。
「見ない顔だな、転入生か。だったらまずはウォーミングアップだ…。」
全員の視線がアミスに向けられた。
難を逃れた生徒たちは彼女に哀れみの目を向け、エミリーやその取り巻きはニヤニヤと笑っていた。
隣に座るヴァルプスは心配そうに彼女を見上げていた。
「試しに解いてみろ。炎の魔法のエキスパートと呼ばれている魔族は?」
「ぇ…えぇ…と……。」
もちろん全くわからなかった。アミスは額に汗を滲ませ苦笑した。
生徒たちの視線が痛いほど突き刺さる。回答を急かすかのように教師も彼女を睨んだ。
「どうした?答えられないのか…?」
「あー…えと……っ」
腰のあたりを小突かれ、アミスは横目で隣を見た。
ヴァルプスが羊皮紙に『岩山に住むサラマンダー』と書き、それを指差しながら彼女を見上げている。
「………えーと…サ、サラマンダー?です…。岩山に住む……。」
アミスは羊皮紙をチラチラと見ながら答える。
しばらくの間沈黙が流れ、緊張でどうにかなりそうだった。
教師は彼女をしばらく凝視していたが、目を離し黒板に答えを書き始めた。
「…正解だ。なかなかやるじゃあないか。」
その言葉にアミスはかつてないほど安堵した。
大きなため息をつき崩れ落ちるように椅子に座ると、隣のヴァルプスも同じように大きな安堵の息を吐いた。
「良かったわ…本当に…。」
「…ありがとう、ヴァルプスのおかげだよ。」
緊張の糸が解け、二人は互いに笑い合った。
その後も相変わらず厳しい授業が続いたが、幸いにも二人が指名されることはなかった。
やがて鐘の音が鳴れば彼女たちは再び安堵のため息をつき、共にハイタッチをした。
しかし、その様子を遠くから睨んでいるエミリーたちの姿に、この時の二人は気づかなかった。
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