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「きゃあ…!」
「いっ…」
アミスは痛みに呻きながら、同じように尻餅をついている目の前の人物を見た。
ブラウンの長い髪、黒いとんがり帽子、リボンのついた大きな箒…。
間違いない、魔女だ。
「ヒッ…!ま…魔女…!!」
「え…っ?」
起き上がった魔女はとんがり帽子を被り直しながら、アミスを見下ろした。
世にも珍しいオッドアイだった。綺麗な瞳がアミスの瞳を射抜き離さない。
アミスは上手く立ち上がることができずに、へたり込むながらズリズリと彼女から後退った。
「あ…あの、大丈夫?怪我は…」
「こっ…こここ来ないで!!肉にしないでくださいいぃぃ…!」
手を差し出した魔女を見て、アミスは更に戦慄しながら後退った。
魔女は困惑の表情を浮かべながらアミスにゆっくり近づく。
「に、肉…?何のこと…?というか…あなたこの辺の子じゃないよね?見たことない服装だし…。」
「っ…わ…私を…食べても…う、美味くなんて…ないですぅぅ……」
「えっ?食べる…?あなたを?私が…?」
そう言いながら自身を指差す魔女に、アミスは何度も頷いた。
すると魔女は黙り込みながら首を傾げ、しばらくすると吹っ切れたかのように笑い始めた。
「あっはははは…!まっさか、食べるわけないよ。私はただの魔女だし、あなたもそうでしょ?」
「…え…?えっ?」
「箒はどうしたの?落としたなら呼び寄せ呪文で呼んでみないと…。」
アミスは彼女の言っていることの意味がわからずに、呆然とへたり込んでいることしかできずにいた。
魔女は箒を拾い上げると、もう一度アミスに向き直り手を差し伸べた。
「ほら立って!」
「えっと……わっ!」
アミスが恐る恐る手を差し出せば、魔女はアミスを勢いよく起こした。
「……あ、あの……。」
「ん?どうしたの?さぁ早く…。」
「い…いやその……。えと…呼び寄せ呪文ってなに…?」
「…………………………………」
深い森の中にしばしの沈黙が流れる。
「…え、ええ…えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
魔女は突然、森に響き渡るほどの大きな声を上げた。
アミスは心臓が跳ね上がり、魔女に向かって身構える。
「よ、呼び寄せ呪文を知らないの!?基礎中の基礎なのに…!?」
「えっと…いやその…」
驚愕の表情を浮かべていた魔女は、次第に顔を顰めながらアミスをジロジロと眺め始めた。
頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと見つめながら首を傾げる。
「ま…まさか…変身術?本当は魔女じゃなくて…人狼だったりして…!」
「じっ…人狼…?っ…!!」
魔女は懐から棒状の何かを取り出し、アミスの眼前に向けた。
細い先端がアミスの鼻先にまで迫っている。
「さては闇の魔法を使う輩ね!魔女に化けるなんて小癪な…!し、真の姿を見せなさい!」
「は…はぁ…!?」
魔女は険しい表情でアミスに棒を向け続ける。
その真剣さに思わずアミスは後退った。
「ま…待って…っ、闇の魔法って何?私は魔女でもなければ人狼でもないし、闇の魔法なんて知らないってば!」
アミスは両手を挙げ、必死に弁明した。警官に追い詰められた犯罪者にでもなったかのような気分である。
「じゃあ…あんた一体何者なの…?」
魔女は眉を顰めながらアミスに尋ねた。
「…………に、人間……私は人間……。」
アミスは固唾を飲み込むと、ゆっくりそう答えた。
その瞬間、魔女は動きをピタリと止める。
「………に、んげん…?……人間っ!!!???」
魔女の声が再び森に響き渡る。
杖を下ろし慌てふためいた様子でアミスから遠ざかった。
「人間…っ!?人間ですって…!?本当に…っ!?」
魔女はいつの間にか木の裏に隠れ、じっとアミスを覗っていた。
「…確かに…変身術にしては…完璧すぎる……。」
「へ、変身術…?」
魔女はしばらくの間アミスの様子を覗った後、恐る恐る木の裏から出てきた。
そして警戒するかのように一歩一歩ゆっくりとアミスに近づいた。
「……翼も尻尾も角もない…。耳も尖ってないし、鱗もない…。外見は魔法使いと変わらない、教科書通りだわ!
でも魔女なら魔法の杖と箒は持ってるはずだし…服もこんなの見たことない……………やっぱりあなた人間ね…!」
魔女は懐から束ねた羊皮紙と羽ペンを取り出すと、何かを書き始めた。
熱心なその姿にアミスはどうすることもできず眉を顰める。
このままこの場に居続けるか、逃げるべきか、彼女は思考を巡らせていた。
魔女はしばらくアミスと羊皮紙を交互に見ながら何かを書いた後、再びアミスに向き直る。
「でも…どうして人間がこの世界にいるの?別の世界の存在だって習ったのに…。」
魔女は気難しそうな顔で腕を組んでいる。
まるで考え悩んでいる様に、時折唸りながらアミスを観察していた。
(っ…もしかして、食べようとしてる…!?)
アミスの脳内に最悪の結末が浮かび上がる。
もしかするとこの魔女は、美味しそうな部位を調べているのかもしれない。
いくらで売れるか、品定めしているのかもしれない。
そう考えると、アミスは 居ても立ってもいられなかった。
「あ、ねぇ…!」
魔女が話しかけると同時に、アミスは脱兎の如く走り出した。
「え!ちょっと!!待って!!」
後ろから魔女の声が聞こえたが、アミスは止まることなく走り続ける。
捕まったら殺されると、自身に言い聞かせながら走っていたのだ。
「ねぇ待ってったら…!」
「わぁ…!?」
「ぎゃっ!」
目の前に突然現れた魔女とアミスは真正面からぶつかり転倒する。
魔女は草むらに仰向けに倒れ、アミスはその上に倒れ込んでしまった。
木から舞い落ちた葉が二人に降りかかる。
「いっ…たぁ…」
アミスは額を抑えながら半身を起こした。
「っ…うぅ…ごめん…こんな狭い森の中…箒で飛ぶもんじゃないわね……っ」
魔女は箒を杖代わりに起き上がると、アミスにそっと手を伸ばした。
その動作にアミスは思わず肩をびくりと震わせた。
「ね、ねぇ…!あなたはきっと何か誤解してるわ…!私はあなた危害を加えようなんて思ってないもの…!」
魔女は真剣な顔でアミスにそう告げた。
射抜くように彼女を見つめるその瞳に、恐怖や威圧は感じなかった。
「っ……」
アミスは躊躇っていたが、しばらく魔女の瞳を見つめた後、そっと自身の手を伸ばした。
五十センチ、三十センチと二人の手の距離は徐々に縮まってゆく。
二十センチ…十センチ… 五センチ……
その時だった。
ヒュン…と空を切るかのような音と共に、二人の間を何かが遮った。
「…………………えっ?」
「…………………はっ?」
どこからともなく飛んできた“ソレ”が二人の間にあった木に深々と刺さっていた。
光沢のない真っ黒な一本の“槍”。あと数秒遅かったらアミスの手に刺さっていたであろう。
アミスは槍の飛んできた方向へ顔だけを向ける。
木の隙間から僅かに見える人影、邪悪なオーラを纏ったかのようにドス黒い人影。
彼女の隣で人影を見ていた魔女はボソリと小さな声で呟いた。
「………悪魔……。」
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