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「……悪魔……?」
アミスが魔女の方へ向き直った瞬間だった。
「っ!危ない!!」
「わっ…!」
魔女はアミスに覆い被さるように倒れ込んだ。
再び空を切る音と共に、二本目の槍が木に突き刺さる。
「な、何…!?一体何が…!」
「とにかく逃げるよ!」
魔女はアミスの腕を掴むと半ば強引に彼女を立たせ、そのまま勢いよく走り始めた。
木々の間をすり抜けながら無我夢中に駆け抜ける。
時折空を切る音が聞こえ、槍が木や地面に突き刺さるのが見えた。
アミスはその槍を見るたびに全身が震え上がり、転びそうになった。
「はっ…はぁ…っ、どうしてっ…悪魔がっ……こんなとこに……っ」
魔女はアミスの手を引きながら振り返る。
木々の間を黒い影が移動しているのが確かに見えた。
そしてその影がだんだんと距離を縮めてきていることに気づいてしまったのだ。
「っ…だめ…っ、追いつかれちゃう…っ!」
「はぁ…っ…どう…しよ…っ」
アミスはゼェゼェと息を切らしながらよろよろと走っている。既に体力も限界だった。
「…そうだ!」
魔女は走りながら片手を空に向けて高々と挙げる。
そして絶え絶えの息で力一杯に叫んだ。
「スペルヴェント・キャマーレ!」
森の中に魔女の声が響き渡り、どこからか槍とは違う何かが勢いよく飛んできた。
それは彼女の箒だった。大きな白いリボンが結ばれた可愛らしくも大きく頑丈な箒。
「さぁ乗って、私の後ろに!」
彼女は箒に素早く跨ると、アミスにも跨るよう促す。
アミスは考えている暇などないと、すかさず箒に跨った。
「仕方ない……スペルヴェント・ヴォラーレ!!」
魔女がそう唱えた瞬間、箒は勢いよく宙へと舞い上がった。
突然の浮遊にアミスは驚愕しながらも咄嗟に魔女の腰にしがみつく。
「ぎゃぁ!!??何これ!?どうなってんの!?」
「しっかり掴まってて!振り落とされたら死ぬわよ!」
生い茂る葉に引っかかりながら、箒に乗った二人はついに森の外へ脱出した。
深緑の木々を抜け初めに目に飛び込んできたのは、光り輝く満月だった。
真っ黒い空を照らすように浮かぶ黄金の月。それはアミスの世界の月とは比べ物にならないくらいの美しさだった。
アミスは魔女にしがみつきながら真下を見る。辺り一面、見事な深緑だった。
今までこんな場所を彷徨っていたのかと、アミスは思い出しただけで頭痛がした。
「どう!?追って来てる!?」
魔女は箒を両手で操縦しながら横目でアミスを見る。
アミスはキョロキョロと真下に広がる森中を見渡したが、黒い影は見当たらなかった。
「……ううん、大丈夫そう…。」
「そう…よかったわ…。」
二人揃って安堵のため息をつく。
しかしその時、またしても黒い物体が箒の真横を横切った。
「……う、嘘……。」
後ろを向いていた魔女がゆっくりと前に顔を向けると、そこには黒いモヤに身を包んだ人影が浮いていた。
「ぁ…あれが……悪魔…?」
アミスはより強く魔女にしがみつき、背後から悪魔を覗き見た。
全身真っ黒だが、それでもはっきりとわかるほど立派な角。左右に広がる翼、揺れる尻尾。
そして何より恐ろしいのは真っ赤な二つの眼。まさに悪魔のような恐ろしさだった。
「どうして…私たちを攻撃するの?」
「………人間が敵だからよ。」
魔女がボソリとそう呟いたのをアミスは聞き逃さなかった。
悪魔は上空に手を伸ばしたかと思うと、その手のひらから黒い槍を生み出した。
「……仕方ないわ、こうなったら奥の手よ!」
魔女は箒を強く握りしめ、瞼をぎゅっと閉じた。
悪魔は狙いを定めるように槍を向けている。
「ね、ねぇ…どうするつもり…!」
魔女の髪が緩やかに逆立ち始める。スカートが靡いている。まるで周りの風を操っているようだった。
「飛ばすわよ!」
悪魔が槍を二人に向かって投げたと同時に、箒は素早く槍を避けた。
そして疾風の如く夜空を駆け抜けるように突っ走った。
ビュンビュンと風の音が耳の奥まで響き、髪が荒々しく靡く。
魔女は薄目を開けながら箒を操縦し、アミスはひたすら魔女にしがみつき続けた。
時折後方から飛んでくる槍を箒は素早く左右に避けかわした。鋭い槍が体スレスレを横切る度にアミスは悲鳴を上げていた。
「ひいいい…!!!こ、これが…!奥の手…!?」
「そうよ!スピード違反よ!!それと二人乗りもね!」
深緑の森の上を駆け抜け続けているうちに、遠方に沢山の明かりが見え始めた。
近づくにつれレンガの建物や色とりどりな屋根が見え、そこが小さな町だということにアミスは気づいた。
「あそこまでいけばきっと大丈夫よ!私の住んでる町なの!」
まるで西洋の町並みを彷彿とさせるような世界に、アミスは悪魔のことも忘れ釘付けになっていた。
沢山の街灯に彩られた町。赤い屋根の家が建ち並び、遠くには時計塔が見えた。
先ほどまでの暗く恐ろしい森とは打って変わって、町の中は明るく賑やかな雰囲気だった。
「もう少しで町よ!」
アミスは我に返り後ろを振り向く。悪魔は尚も大きな翼をはためかせ、二人を追いかけていた。
「まだ来てる!」
「ああもう…!鬱陶しい!」
「まっ…何をっ、ぎいゃあぁぁぁあああ…っ!!!」
町が真下に迫った時、魔女はいきなり箒を急降下させた。
アミスはまるでジェットコースターに乗っているかのような気分になり、堪らず絶叫した。風圧で髪が逆立ち、危うくヘアピンが飛ばされそうになった。
ふわっとした感覚と共に箒は町の入り口にある大きなゲートを潜り抜ける。
とんがり帽子を被った何人かの魔法使いがアミスたちを見ていた。
「ごめんなさい!ちょっと通して!」
箒は猛スピードで町中を駆け抜ける。大通りのような場所に出れば、入り口付近よりも多くの魔法使いで賑わっていた。
沢山の出店が並び、レンガの家からは綺麗な花の鉢植えがぶら下がっている。
そのおしゃれな町中にアミスは自然と見惚れてしまっていた。
二人を乗せた箒は人々の間を潜り抜けながら進み続ける。時折「うわっ!」「危ないわね!」とあちこちから怒号が聞こえたが、それでも魔女は止めることなく走り続けていた。
何回も他の箒とぶつかりそうになり、家の壁に激突しそうな時もあった。
「悪魔は!?」
アミスは後ろを振り返る。
そこにいるのはとんがり帽子の魔法使いたちばかりだった。
黒い人影も槍もない。見失ったか、追跡を諦めたか。できれば後者が良いなとアミスは思っていた。
「いない!多分撒いた!」
「やったぁ!」
安堵したその時だった。
突然、ピィィィーーーーーーとけたたましい音があたりに鳴り響いたのだ。
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