魔界

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「えぇ…!な、なに!?」 「あぁもう…やらかした…」  突然鳴り響いたホイッスルのような音にアミスは心臓が跳ね上がりそうになった。 音を聞いた瞬間魔女は肩をガックリと落とし、深々とため息をついていた。 箒はゆっくりと降下し、やがて二人の足は地面へと着地する。 「そこの箒、二人乗りとスピード違反です。役所までご同行を。」  二人の前に黒い布に身を包んだ謎の人物が降り立った。 闇のように真っ黒いフードを被り、背後には大きな羽が見えた。 先ほどの悪魔とはだいぶ違う見た目だったものの、新たなる脅威の予感にアミスは身構える。 その原因の一つが、女性が右手に持っていた大きな鎌である。鋭く尖った先端が光を放っていた。 周りにいた魔法使いたちが野次馬の如く周りに集まり始め、アミスは魔女の後ろに隠れた。 「……弁明してね。」  魔女はそんなアミスに向かって、そう一言だけ呟いた。 「またあなたですかヴァルプス。我々死神の業務は楽ではありません、これ以上問題を起こさないでください。」  あの後アミスと魔女は黒いフードの女性に連れられ、町の中心にある大きな建物に訪れていた。 看板には『役所』と書かれており、中は広く天井も高かった。天窓の外には明るく大きな月と真っ黒い空が見える。 天井からぶら下がったシャンデリアが大広間を明るく照らしている。 天井に近い壁には通路のような穴が空いており、そこからは羽の生えた人々が出たり入ったりと行き来している。  相談窓口のような机が大広間に並び、奥には階段があった。 その一角にある丸椅子に座った二人に目の前にいる女性は、先ほどの女性とは正反対の真っ白いスーツに身を包んでいた。 長い三つ編みを垂らし、濃いクマのある目でアミスと魔女を交互に見ている。 この建物の中にいる人々は皆同じような服装だった。皆ぴっちりとした白いスーツを身にまとい、パソコンのような機械に向かってカタカタと何かを打ち込んでいる。 アミスは目の前に広がる異次元のような光景に目を奪われていた。 (うっそ…この世界って思ったよりハイテクかも…。) 「…えっとその…実はですねシノさん。これには深い事情がありまして…。」  魔女は苦笑いしながらアミスを見る。 しかしアミスはどうしたら良いか分からずに尻込みするしかなかった。 「どんなに深い事情があろうとも法律は法律です。我々死神の仕事は、この町を取り締まることですので。」 「…死神さん…ですか…?」  アミスは思わず疑問に思っていたことを口に出してしまった。 死神はアミスを淡々とした無表情で見つめる。 「はい、(わたくし)たちは死神ですが。あなたは見たところ、この町の住民ではありませんね。」 「そ、その子はね!私の遠い遠い親戚なのよ!今この町に遊びに来てるの!可愛いでしょ?」  魔女は死神の話を遮るかのように立ち上がると、アミスにぎゅっとハグをした。 そして耳元で誰にも聞こえないような小声で「話合わせて」と囁いた。 「親戚?ですか…。あなた、お名前は?」 「あ、えっと…アミスです。遠い遠い…親戚の。」  アミスはぎこちなく笑いながらそう答える。 死神は手元のキーボードにカタカタと何かを打ちながら、複数あるモニターのうちの一つに目を向けていた。 その凄まじいタイピングの速さにアミスは思わず息を呑む。 「では、杖の提示をお願いします。アミスさん。」 「へっ?杖?」 「あっ!あー…!この子ったら、杖を家に忘れちゃったみたいで!あはは…今はないみたいです!」  魔女は明らかに引き攣った笑顔でそう答えた。 右手の人差し指で髪の毛をくるくるといじりながら、ぎこちなく笑っている。 死神は無表情だが訝しそうにアミスと魔女を交互に見た。 「……ヴァルプス。あなたは嘘をつく時、髪をいじる癖がありますね。」 「うっ…。」 「本当の理由は?」  死神は魔女に詰め寄るかのように、モニターの間から顔を出した。 無表情には変わりないものの、威圧的なその雰囲気にアミスは思わず息を呑む。 「…………はぁ…追われていたんです…悪魔に。」  魔女は周りをチラチラと見た後、小さな声でそう呟いた。 彼女の言葉に無表情だった死神はほんの少しだけ目を見開いていた。 「悪魔に?一体どうして…。」 「……悪魔が私たちを襲う理由なんて一つですよ、弱いものいじめです。」  魔女はアミスをチラリと見た。 「話を合わせて」と再び言われたような気がして、アミスは口を開く。 「えと…私、杖とか壊されちゃって……悪魔に。それで、彼女が…その…たまたま通りかかって助けてくれて…。」  アミスはしどろもどろになりながらも何とか嘘の証言を伝えた。 死神は再び手元のキーボードに何かを打ちながら「なるほど…」とだけ呟いた。 死神のデスクには積み重なった書類や沢山のコードが束ねられていた。片隅には白いマグカップが置かれ、中には真っ黒な液体が入っている。 アミスはそのマグカップの中身が気になって仕方なかった。 「……そ、それ…何すか?」 「これですか?死神ブレンドのコーヒーです。」  死神はアミスの質問にあっさりと答え、マグカップを手に取った。 この世界にコーヒーがあることが意外で、アミスは驚愕していた。 しかし人間の世界のコーヒーよりも色はドス黒く、まるでインクのようだった。 「飲んでみます?」  死神はアミスの方へマグカップを差し出した。 真っ黒なコーヒーは天井の明かりに照らされている。 この世界に来てから飲まず食わずだったこともあり、アミスはコーヒーを見ながら唾を飲み込んだ。 元々コーヒーはあまり好きではなかったが、この際喉を潤せるならどんなものでも良かった。 アミスは死神からマグカップを受け取った。ほんのりとした温かさが彼女の両手に伝わってゆく。 「…そ、それじゃあ…いただきます…。」  アミスはそっとマグカップに唇をあて、コーヒーを口に含んだ。 「…っ!げぇぇ…!ゲホッ…おぇ…っ」 「だ、大丈夫!?」  口に入れた瞬間、口内に広がるとてつもない苦味にアミスはむせかえる。 強烈な苦さに疲れきっていた彼女の体は覚醒し、脳みそが震えているような感覚に陥っていた。 魔女は心配そうに彼女の背中を摩り、死神はその様子を淡々と眺めていた。 「し…シノさん。魔女に死神ブレンドはキツすぎますよ…。」 「あら、四徹八連勤目の私にとっては甘すぎるブレンドですよ。超死神ブレンドにするべきでした。」  死神は再びキーボードに何かを打ち込んだ後、小型のコピー機のような機械から一枚の羊皮紙を取り出した。 「とりあえず今回は警告と箒の没収だけで済ませましょう。次の会議が十分後に始まるので忙しいんです。 この紙にサインをお願いします。箒の所有者ですので、あなたですねヴァルプス。」 「うぅ…わかりましたよ…。」  魔女はペン入れから羽ペンを取り出すと、不服そうな顔をしながら紙にペンを走らせた。 「これで私の仕事は終わりですね。九分後に会議ですが…。」  死神は紙を受け取ると椅子からスッと立ち上がった。 そして大きな黒い翼をバサリと広げ、高い天井へ飛び立った。 その衝撃で机に置いてあった書類の束が散らばり、二人の髪も風によって乱れた。 「……とりあえず、私の家にでも来る?」  書類が二人の周りを吹雪のように舞う。 魔女の問いに、アミスは未だに苦味が消えない口の中をモゴモゴとさせながら頷いた。
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