魔界

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 とんがり帽子を被った何人もの魔法使いが行き交う町中を、魔女とアミスは逸れないようにゆっくり歩いていた。 どこからか軽快な音楽が聞こえ、カラフルな旗が明るい街灯と街灯の間に連なっている。 出店には様々な色の液体が並ぶものもあれば、不思議な形をした植物を売っている店もあった。 上空を箒が飛び交い、家の窓から顔を出している者もいた。 アミスは初めて見るものばかりの町中に心を奪われ、ありとあらゆるものに気を取られていた。 「さっきはありがとう、弁明してくれて。」 「あ、うん…。」  魔女の言葉にアミスはぎこちない返事をした。 ほんの一時間ほど前に出会ったばかりの魔女に、彼女はまだ少しだけ警戒心があったのだ。 「…自己紹介まだだったね。私ヴァルプス、見ての通りただの魔女よ。」  ヴァルプスと名乗った魔女はアミスの方へ振り返ると、右手を自身の胸にあて満面の笑みを見せた。 ヴァルプスは若い少女だった。低めのヒールを履いた彼女の背丈はアミスより数センチ高く、脱いだとしてもその差はほんの数ミリだろう。 セーターワンピースの上に黒と白の上着を纏い、白く大きなリボンが巻かれた黒のとんがり帽子を被っている。 「わ、私はアミス…。ただの…人間?」  アミスはほんの少し俯きながら薄らとはにかんだ。 警戒心はあるものの、こうして満面の笑みを向けられると少し気持ちが揺らいでしまうものだった。 「アミスっていうのね…!」  ヴァルプスは上着の裏側に手を突っ込むと、森の中で取り出した羊皮紙の束と同じものを再び取り出した。 「…それ、何書いてるの?」  アミスは不審げにヴァルプスの持つ羊皮紙を見る。 「あぁ…あなたの名前、メモすることって大事でしょ?」  ヴァルプスは羊皮紙を懐に仕舞い、「ほら、行こう」と前方を指差し歩き始めた。 アミスは逸れないように早足で彼女の後を追う。 「この町は夜になっても賑やかなの。もう11時なのに、こんなに人が沢山いるでしょう?」 「うん。でも…やっぱり子供はいないね。」  町を行き交う者のほとんどは背の高い紳士のような男性や着飾った女性、年寄りの魔女もいた。 小さな子供やアミスほどの歳の子は誰一人いなかった。 「ここの学校は全寮制なの、だからほとんどの子たちはもう寝てる時間ね。」  ヴァルプスは遠くの方を指差した。 連なる建物の向こうに一際大きな建造物が見えた。てっぺんには大きな鐘があり、屋根は程よい燕脂色だった。 おそらくあの場所が学校なのだろうと、アミスは「おぉ…」と思わず声を漏らした。 コンクリートの壁に囲まれ、殺風景な人間の学校とは比べ物にならないくらい綺麗な外観に見えたのだ。 「あれ、じゃあヴァルプスは学生じゃないの?」  アミスはふと気になったことを尋ねてみた。 するとヴァルプスの顔からは笑顔が一瞬、ふっと消えた。 まずいことを聞いてしまったかもしれないとアミスは思わず口を噤む。 「…あ、あっははは!まっさか…!私はとっくに卒業済みよ!」  ヴァルプスは突然大笑いしたかと思うと、自身の胸に握り拳を二、三回ぶつけた。 まるで何かを誇るかのようなその仕草に、アミスは圧倒されながらも薄らと笑みを浮かべた。 「そ、そっか…。じゃあヴァルプスはもしかしたら天才だったりして…。」 「ええもちろん!超天才魔女のヴァルプス様と呼びなさい!」  誇らしげに高笑いするヴァルプスは懐から小さな小袋を取り出した。 所々に縫い目のある小袋は揺れる度にチャリチャリと何かがぶつかり合うような音を立てている。 「何それ?」 「銭よ銭。お腹すいたでしょう?ちょっとお買い物しましょ!」  ヴァルプスはウインクしながら小袋を激しく左右に揺らした。 ジャラジャラとけたたましい音が聞こえると、ヴァルプスはより一層上機嫌になった。 挙げ句の果てにはスキップをしながら先へ先へと進み始め、アミスは慌てて彼女の後を追った。 「おばさん!いつもの詰め合わせちょうだい!」  アミスは小さなテントのような出店の前で止まると、元気よく小袋から硬貨を取り出した。 銀色に輝く効果には満月のような模様が描かれており、吊るされたランプに照らされ輝いている。 出店の中には色とりどりのキノコが並んでいた。食欲をそそる色もあれば、逆に毒でも入っているかのような色合いのものまで置かれている。 びっしりと棘の生えたものや斑点模様のあるもの、燃えるように傘が逆立ったキノコもあった。 「おやヴァルプス、その子は友達かい?」 「ええ、私の家に遊びに来てるの。」  年老いた魔女から紙袋いっぱいに詰められたキノコを受け取るヴァルプスの横で、アミスは見たことない色や形のキノコを見渡した。 「私の家、もうすぐよ!」  ヴァルプスは紙袋を両手で掲げ、再び歩き始めた。 アミスはキノコ鑑賞を止め、彼女の後を追おうと一歩踏み出した。 「聞いたか?調合屋の店主、例の病にかかったらしい。」 「それじゃあ…これからは一体誰が魔法薬を作っていくんだ…?」  踏み出した直前に聞こえた会話に、アミスは思わず立ち止まる。 出店の奥にいる年配の魔法使いたちが不安げな声色でそんなことを話していた。 「あの病気は原因不明」、「死者が出た」などと物騒な内容が彼女の耳にまで届いていた。 (病気…?)  魔法使いたちはヒソヒソと小声で話し続けている。 「アミスー!どうしたの?」  アミスは我に返ったかのように顔を上げ、少し先の階段から手を振るヴァルプスの方に振り返る。 そして駆け足で彼女の元へ向かった。
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