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二人は何度か町の角を曲がり、長い階段を上り、いつの間にか町の外れまで来ていた。
家々は次第に少なくなり、街灯の代わりに木々が多く立ち並んでいた。
アミスは長く続いた階段に疲れ果て、空腹に腹を抑えながらフラフラと歩いていた。
黄土色の塀に手をあて、肩を上下しながら呼吸を繰り返していた。
「はぁ…はっ…まだ、歩くの…?」
「も…うすぐよ頑張って!」
いくつかの塀を越えた先に建っている赤い屋根の小さな一軒家の前で、ヴァルプスは足を止めた。
そして少し後ろを歩いているアミスに向かって大きく手を振った。
随分と静かな場所だった。町の中心部から賑やかな声は聞こえたが、この辺りは静まり返っていた。
ヴァルプスはレンガの塀に囲まれた小さな一軒家を指差し、入り口の小さな門を開けた。
ギィィ…と嫌な音を立てながら門は開き、その先には小さな庭があった。レンガの積み上がった花壇には純白の美しい花が咲き誇っていた。
「お疲れ様。いつもは箒があるから、ここまで苦労しなかったんだけどね…。」
家は小さかったが小綺麗な外観だった。ログハウスのような見た目で、二階部分にはおしゃれな丸い窓が月光に照らされている。
ヴァルプスは懐から取り出した鍵を玄関扉に差し込み、カチャリと回した。
木製のおしゃれな扉がキィ…と軽快な音を立て開かれる。
「ようこそアミス!さ、入って!」
アミスは目の前に広がる光景に目を輝かせた。そこはまさに夢のような空間だった。
部屋などの区切りはなく、大きな一部屋に机や椅子、キッチンのような場所まで備わっていた。
暖色の明かりに照らされた瓶やフラスコ、机の上に置かれた花瓶には庭にあった花と同じものが生けてある。
ソファやタンス、様々な家具がアンティークでおしゃれなものだった。
天井は高く、中二階へと続く階段が手前にあった。アミスはこんな家を人間の世界で見たことがなかった。
ヴァルプスは帽子と上着をポールハンガーにかけ、奥のキッチンに向かっていった。
「す…すごい…。」
「待っててね!すぐに終わらせるから!」
ヴァルプスは慌ただしい様子で机の上に置かれていたフラスコやビーカーを片付け始めた。
しかし時折ビーカーを落としたり、まとまっていた羊皮紙をばら撒いたりと落ち着かない様子だった。
アミスがオロオロしながら「大丈夫?」と声をかければ、彼女は「大丈夫よ!適当に座ってて!」と慌てふためきながら笑った。
アミスは近くにあったソファへと腰掛ける。ふかふかで、ものすごく暖かかった。目を閉じれば眠ってしまいそうな心地よさに、アミスはほっと一息ついた。
そしてそのまま目を瞑り、いつの間にか本当に寝てしまっていた。
「アミス、アミス起きて…!」
アミスがヴァルプスに肩を揺すられ目を覚ましたのは、それから一時間後のことだった。
薄らと目を開けたアミスは周りを二、三度見渡した後、ぱっちりと目を開け飛び起きた。
(や…やっぱり、夢じゃない…。)
未だにこの世界のことが信じられなかったアミスは自身の頬を抓ったが、やはり痛むだけだった。
「遅くなってごめんなさい。ご飯作ったの、お腹空いてるでしょ?」
部屋の中には食欲をそそる香ばしい匂いが漂っている。
その匂いに反応したのか、アミスの腹の虫はより大きな音で鳴り響いた。
「ほらやっぱり!さぁこっちよ、座って!」
ヴァルプスはアミスの手を引き、二つの椅子が用意された机へと招いた。
そしてキッチンの方へ向かい、大鍋から何かを掬い上げる。香ばしい匂いが一層強くなった。
「口に合ったら良いんだけど…。」
ヴァルプスはアミスの前に木の器とスプーンを置いた。
器の中ではクリーム色の液体が湯気を立てながら、チーズとミルクが混ざったような良い匂いを放っている。
しかしその美味しそうな匂いとは裏腹に、液体の中には色とりどりのキノコが浮いていた。
茶色に赤色、緑の発光色に深緑。毒々しくはないものの、まだらのような模様があるものも混ざっている。
アミスは唾を飲み込みながらも警戒していた。
(ど…毒ありそう…。)
ヴァルプスはアミスの対面に座り、彼女がそれを食べるのを待っているようだった。
アミスはもう一度器を見る。シチューのような香り、しかし鮮やかなキノコ。空腹と疑念。
腹の虫はより一層けたたましく鳴いている。
「っ…!」
アミスの空腹は限界に達していた。
スプーンを手に取ると、スープを掬い上げ恐る恐る口へ運んだ。
「……っ、………んぐっ!」
「どう…?」
ヴァルプスは両手を祈るように組み、アミスの様子を伺った。
アミスは俯きながら小刻みに震えている。その様子を見たヴァルプスはゴクリと唾を飲む。
「……う、うっま……。」
アミスは顔を上げ、目の前で緊張のあまりヘンテコな形相になっていたヴァルプスを見た。
「…………そ、それほんと?」
「本当!これすっごく美味い!何これ!こんなの食べたことない!」
二人同時に緊張の糸が解けたかのように安堵の表情になった。
アミスは吹っ切れたかのようにキノコのスープを食べ続ける。不思議な味だが決して不味くはなかった。
ヴァルプスは自身の器と山盛りのパンが入ったバスケットを机に置いた。
「良かったぁ~…人間の口に合わなかったらどうしようかと…。」
暖かなランプに照らされた室内は、一時平穏に満ち溢れた。
「ねぇヴァルプス、この世界のこと色々聞いても良いかな?」
「もちろんよ、何でも答えてあげる。」
大鍋いっぱいのスープを食べ終え、二人は椅子に背を預けくつろいでいた。
グラスに注がれた水を一口飲んだ後、アミスはこの世界について聞くことにした。
「じゃあまず…さっき私たちを追いかけてきた奴のこと!聞いても良い?」
アミスが尋ねると、ヴァルプスはほんの少し悩むような仕草を見せた。
そして「そうね…」とぶつぶつ何かを呟いた後、ゆっくりと口を開く。
「あなたがこの世界に来た以上、話しておかないといけないわね…。」
ヴァルプスの顔は真剣なものへと変わっていた。
両の目がアミスを捕らえ離さない。先程まで明るく室内を照らしていたはずの明かりが彼女の顔に影を作り、不気味さを醸し出していた。
「少し、難しい話になると思うんだけど…。聞いてくれる?」
あまりに真剣な彼女の表情に、アミスは黙って頷くことしかできなかった。
「それじゃあ話すわね…。この世界、“魔界“のことについて…。」
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