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マギア総合魔法学園
「うわぁ…でっかい…。」
『マギア総合魔法学園』は町の外れに建っていた。
人々が行き交う朝の町を抜け、大きな川の上に架けられた橋を渡った先。高い立派な塀に囲まれ、薔薇の装飾が施された大きな門が二人の前に立ちはだかっていた。
門のてっぺんを見上げながら、アミスはその高さに圧倒されていた。
「よーしアミス、見てて!」
ヴァルプスは再び懐から校章をバッジを取り出すと、それを門の中心にある大きな薔薇の花の彫刻にかざした。
すると薔薇の中心が微かに光を放ち始め、徐々に花弁に広がっていった。
そして薔薇全体が光に包まれると同時に大きな門はゆっくりと開き始めた。
門の向こうに広がっていたのは学校とは思えないほどアンティークな建物たちだった。
中央の大きな塔のてっぺんには金色の鐘がテラテラと輝き、右側にはドーム状の大きな建造物があった。
広い敷地内だったが人の姿はなく、辺りは静まり返っていた。
「まだ起床前だから生徒はいないわね、こっちよ。」
ヴァルプスは中央の塔へ近づくと、両開きの扉をゆっくりと開けた。
「…ね、ねぇ…これ本当に学校なの…?」
床に敷かれているのは上質なワインレッドのカーペットだった。
目の前には大きく広い階段、その中心にはさらに大きな女性の像が佇んでいる。
上には巨大なシャンデリアが吊るされ、何十本もの蝋燭が広い室内を照らしていた。
「ええそうよ。この学校ではありとあらゆる学科を学ぶことができるの。」
ヴァルプスは中央にある階段を上り始めた。
アミスはその後を追いながら、壁にかけられている肖像や写真を眺める。
初老の男性や何人もの女性、幼い子供など沢山の写真が飾られていたが、そのほとんどがとんがり帽子を被っていた。
そして何より奇妙だったのは動き出す絵画や写真があったことだ。アミスはその人物たちと目が合うたびに肩をびくつかせていた。
広かった階段を上り終え、何度か廊下を交差した先にあった細い螺旋階段を登る。
何階にいるのかもわからないままアミスはただただヴァルプスの背中を追い続けていた。
手すりを掴み、長々と続く階段に息を切らしながら上り続ける。
「この…階段…。いつまで、続くの…?」
「もう…少しっ…よ……。」
昨夜は長い道のりを元気に歩いていたヴァルプスも、流石にこの階段には疲れ果てていた。
「はぁっ…はー…っ、ついた……。」
「なんだか…っ、私たち…昨日から…歩いて…っ、ばっかり……っ」
ゼェゼェと息を切らしながらヴァルプスは最後の一段を上った。
アミスはその後ろで肩をがくりと落とし項垂れていた。
二人の前には一つの扉がポツリとある空間だけが広がっている。
扉には中心に真っ赤な石が嵌め込まれた薔薇のドアノッカーがついていた。
「はっ…はぁ…こ…ここが…っ、目的地…?」
「っ…ええ、そうよ…。この先に人間のエキスパートが…いるはず…っ」
呼吸を整えた後、ヴァルプスはドアノッカーで扉を二回ノックした。
「し…失礼…します。」
そして軋む扉をゆっくりと開ける。
アミスは彼女の後ろで固唾を飲み込んだ。
扉の先には丸い小さな部屋があった。
壁の代わりに本棚がぐるりと部屋を囲み、棚の上には梟の置物や地球儀のような模型が置かれていた。
部屋の中央にある机の上には積み重なった羊皮紙や羽ペンが沢山入ったペン入れ、小さい黒猫の置物が隅っこに置かれている。
背もたれの高い高級そうな椅子に腰掛けた魔女が一人、机に置かれた羊皮紙に羽ペンを走らせていた。
パールホワイトの髪に紫の瞳、首から下がったネックレスには金の宝石が何個もついている。
その姿は入り口にあった大きな女性の像そっくりだった。
いかにも上品そうなその風貌に、アミスは思わずヴァルプスの後ろへ隠れるように身を潜めた。
「あらヴァルプス、随分お早い登校ですこと…。」
「…え、えっと学園長…今日はその…登校というか……相談、に…。」
ヴァルプスの態度が明らかに変わり、アミスは更に不安になった。彼女の声色はまるで怖気付いているかのようだった。
しかし彼女の言った言葉からアミスは目の前にいる魔女はこの学校の学園長だということだけはわかった。
「相談?三ヶ月も不登校だったあなたが今更なんの相談に来たというのです?」
(不登校…?)
アミスはヴァルプスの背中を食い入るように見つめた。
彼女はどんな表情をしているかはわからなかったが、ほんの少し体が震えていた気がした。
「そ、それは…その…えっと…。今日は、違くて…。」
「あなたの後ろにいる子のことですか?入学試験はもう少し先ですよ。」
魔女はヴァルプスの背後にいたアミスに視線を移した。
鋭いその視線にアミスは肩をびくりと震わせ凝固する。
「いや…そうではなくて…あの…」
「モゴモゴと話す子は苦手です、ハッキリと喋りなさい!」
「ひぃぃ…!じ、実は…!この子人間なんです!」
ヴァルプスが恐る恐るそう伝えると学園長は羽ペンを置き立ち上がった。
そして机を横切ると二人の目の前までやって来て、アミスの方を特にまじまじと見つめた。
「二週間ほど前にも同じように、人間がいると騒ぎ立てた生徒がいました。ですが結局それは生徒の悪戯、その子たちは停学処分になりましたよ。」
学園長は懐から細長い杖を取り出した。ヴァルプスが持っていたものよりも立派で、宝石が埋め込まれたものだった。
それをアミスの頭上で何かを描くように振った後、彼女の頭を二、三回軽く叩いた。
「いた…っ」
「………なんですって…?」
学園長はもう一度アミスの頭を杖で何度か叩いた。
当たり前だが彼女は痛がるだけで、何も起こることはなかった。
「…学園長?」
「…読心術が効かない…。」
アミスは頭をさすりながら驚いている学園長を見た。
学園長は困惑と驚愕の表情を浮かべ、アミスを凝視している。
「あなた…一体どんな魔法を…?」
「えっ…?魔法…?」
すると慌ててヴァルプスが間に入り、学園長に説明した。
「ですから学園長…!彼女は本当に人間の世界から来た正真正銘の人間なんです!」
学園長は杖を仕舞うととんがり帽子を被り直した。
そして一度咳払いをし、アミスとヴァルプスを交互に見た。
「……しかし妙ですね。人間ならば、人間特有の匂いがするはず…。」
「え、匂い?」
「ええそうです。人間には翼がなく角も尻尾も生えていない。耳も丸く、手足は二本ずつ。鱗もない。見た目は魔法使いとほぼ同じです。
そして魔法使いと人間を見分ける方法、それは魔力の有無と人間が発する匂いです…。」
ヴァルプスとアミスは互いに顔を見合わせた。
「しかしあなたにはその匂いが全くない。しかし私の読心術はあらゆる術も敵わない高性能なもののはず…。」
「それってつまり…どういうことですか?」
「少し待ちなさい…。」
学園長は本棚に向かって手を伸ばした。すると本棚がガタガタと音を立て、一冊の本が彼女の伸ばした手に飛んできた。
表紙に銀の文字で『人間学』と書かれている分厚い本だった。
学園長はその本を開き、数ページパラパラと捲った後口を開く。
「魔界が創られてから何千年もの年月が流れましたが、人間が迷い込むなんて前代未聞です。
最近なんて人間は架空の生物だという仮説まで出始めていますから…。」
学園長は大きく広げた本を二人に向けて見せた。
そこには人型の生物が描かれ、それを囲むように周りに奇妙な植物の絵が描かれている。
その内容にヴァルプスは首を傾げた。
「これは…?」
「あなたはまだ一年ですから習いませんが、人間には特有の匂いがあるのです。
それはまるでルーチェラの花とティエラムダケの粉末を混ぜ、それをライフェの粘液に漬けたような匂いだと言い伝えられています。」
「ゲェッ…それすっごい臭そう…。」
ヴァルプスは苦虫を噛み潰したような顔だった。
「えっ…臭いの…?」
アミスは自身の腕の匂いを嗅ぐ。
しかし特に匂いはせず無臭だった。
「しかし彼女からはその匂いがしないのです。全くと言っていいほど無臭です。」
「えっ…じゃあ私…人間じゃない…?」
アミスは困惑しながら学園長に尋ねた。
しかし彼女は「どうしたものか…。」と腕を組んだ。
「…しかしあなた、一体どうやってこの世界に来たのですか?」
「えっと…紋章描いて…呪文のようなものを…。」
「呪文?呪文とは…?」
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