マギア総合魔法学園

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 その質問にアミスは頭を捻らせた。 この世界にきたのはたった一日前のことだったが、来る直前のことはあまり良く覚えてなかったのだ。 それはおそらく別の世界に来れたという衝撃と困惑のせいだろう。 「…えーと……なんだっけ………。」 「頑張ってアミス…!思い出すのよ!」  アミスは眉間に指をあて考え込む。 なんとか思い出そうと遡るようにここへ来る前の記憶を辿った。 町を歩く前にヴァルプスの家で飯を食べ休み、その前は死神の役所で死ぬほど苦いコーヒーを飲んだ。 その前に悪魔攻撃され、ヴァルプスの呼び出した箒に乗り難を逃れた。 そこまで思い出しふと、その時のヴァルプスの呪文のことを思い出した。 「あっ……ヴァルプス…!」 「思い出せた…!?」 「違くて…。あの呪文、昨日箒に乗った時の呪文!もう一回言ってみて…!」 「えっ…“スペルヴェント・ヴォラーレ“のこと?」  アミスの記憶が僅かに蘇る。 クローゼットの扉に複雑な魔法陣を描き、その扉に向かって唱えた呪文。 別世界のことを鮮明に思い浮かべながら唱えたあの呪文。 「それだ…!スペル……スペルフォス…」 「なんですって!?」  学園長は本を床に落とし、アミスに詰め寄った。 その威圧感にアミスはビクッと飛び上がり、ヴァルプスの背後に隠れた。 「アミス、あなた…“光の呪文”を使ったの…?」 「えっ?光の呪文…?」  ヴァルプスは学園長と同様に、驚愕の表情でアミスを見ていた。 アミスは訳が分からずにそんな二人を交互に見ることしかできなかった。 「…そんなバカな…。呪文ましてや光の呪文が…人間に使えるはずがない…。」  学園長は机の方へ戻ると何も書かれていない白紙の羊皮紙を取り出した。 そして椅子に座り羽ペンを持ち、何かを書き始める。 「…アミス、でしたね?」 「は、はい。」  学園長は部屋の隅にある二脚の椅子に杖を振るった。 すると椅子はひとりでに動き始め、二人の目の前まで来るとピタリと止まった。 「もう少し、あなたのことについて知る必要があります。話を聞いても?」 「…はい。大丈夫…です。」  アミスとヴァルプスは互いに見合った後、恐る恐る椅子に座った。 「なるほど…つまり扉に魔法陣を描き光の呪文を唱えたら、この世界と繋がったと…」  学園長の言葉にアミスは頷いた。 ヴァルプスも「なるほど…?」と呟きながら首を傾げている。 しかしその場にいる三人とも、あまり納得のいかない表情だった。 「…しかし肝心の呪文を忘れては…困りましたね。」  学園長は羊皮紙に書かれたアミスについての情報を見ながら頭を抱えている。 「あの…やっぱり私…人間の世界に帰った方が、良いんですか?」  アミスは恐る恐るそう尋ねた。 「当たり前です。人間が魔界にいると知られれば、すぐに悪魔たちが攻めて来るでしょう。」 「ひぇ…そう、ですよね…。」  昨日の黒い悪魔を思い出し、アミスは縮こまった。 同時にあの人間の世界へ帰らなければならないという現実を突きつけられ、多少の名残惜しさを感じていた。 「でも…一体どうやって帰れば…。」 「…もう一度同じ方法を試すしかないでしょう。魔法陣はともかく、呪文だけでも思い出してもらわなければ…。」 「魔法陣は良いんですか…?」  アミスの問いに学園長は頷いた。 訳が分からず眉を顰めるアミスにヴァルプスは説明し始めた。 「あのねアミス。魔法陣っていうのは魔法の効果を上げるためのもので…。本来私たち魔女は呪文とか杖だけで魔法を使うことができるの。 だから最悪、魔法陣がなくても呪文さえ分かればなんとかなると思うわ。」 「そうだったんだ…。」 「しかしいくら魔法陣を描いたからと言って、人間が魔法を使えるはずが…。」  その時、外から大きな鐘の音が聞こえた。 けたたましい鐘の音にアミスは思わず耳を塞ぐ。 「あら、もうそんな時間ですか…。」  学園長は机の上の置き時計を見ながら呟いた。 「……仕方ありませんね。こうしましょう…。」  学園長は広げていた羊皮紙を丸め立ち上がった。 「この学園には大きな図書館があります。そこにはありとあらゆる魔法の本が揃っています。もちろん光の魔法についての本も…。」  それを聞いたヴァルプスは「嫌な予感…」とボソリと呟いた。 「私は独自で調べます。あなたたち二人はその図書館をくまなく調べなさい。その間は、あなたたち二人をこの学園の生徒として迎え入れましょう…。」 「えっ…と…それじゃあ、戻らないといけないんですか?学校に…」 「もちろんですよヴァルプス。生徒でない者が学園内に入ることは許されないことです。今回もね…」  学園長の鋭い視線がヴァルプスを貫く。その目つきに彼女は思わず身慄いした。 「生徒でない者が校章バッジを使う権利はありません。場合によれば今回のあなたは不法侵入として訴えることもできます。」 「…そ、それは…本当…すみません…。」  ヴァルプスはぎこちない笑みで俯いた。 学園長は「いいでしょう」とヴァルプスからアミスに視線を移した。 「あなたには杖と箒、それから制服が必要ですね。帰る方法が見つかるまで、ここでは魔女として過ごしていただきます。」 「魔女として…。」 「…覚悟は?」  学園長はアミスに先ほどよりも厳しく、真剣な目を向けた。 アミスは固唾を飲み込みその目を見つめる。 (…魔女として…この学園に…。人間の世界へ帰るために……。)  確実に迷いはあった。人間の世界は退屈だが、この世界は危険だ。 どちらかを決めなければならない。そしてそれが人間の世界であることもアミスは既にわかっていた。  しばらくの沈黙の後、彼女は学園長に向かって真剣な顔で大きく頷いた。 「…あります。あの呪文、必ず思い出します。」  学園長はその答えにしばらくの間黙っていたが、次第に表情が綻び始めた。 そしてゆっくり頷くと二人の前へ来て、それぞれの肩に優しく手を置いた。 「あなた方二人を正式な生徒として迎え入れましょう。ようこそ、マギア総合魔法学園へ。」  アミスはもう一度固唾を飲み込み、学園長の顔を見上げた。 「…ど、どうも…。」 「…はぁ…仕方ない…わね…。」  ヴァルプスはため息をつきながらも薄らと笑みを浮かべ、アミスへ視線を向けた。 その笑顔に応えるようにアミスも笑いかける。そして意味もなく互いに小さく頷き合った。
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