マギア総合魔法学園

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「学園長ってなんだか…怖い人だね。」  赤いカーペットの敷かれた廊下を歩きながら、アミスはヴァルプスに耳打ちした。 誰もいない細い廊下は奥まで続き、左右に番号の書かれた扉が沢山並んでいた。 「あの見た目でとっくに百歳超えてるのよ。……これ本人の前では絶対言っちゃ駄目よ。」  ヴァルプスは苦笑いしながら『430』と書かれた札がかかった扉の前で足を止めた。 「さて、ここね…。」 「ここは何の部屋?」 「私たちの部屋よ。当分は(ここ)で生活しなきゃね…。」  ヴァルプスは一回だけ大きくため息をつき、持っていた鍵で扉を開けた。 部屋の中はまるで鏡合わせのようだった。 ベッドが左右それぞれの壁際に置かれ、机は窓際に隣り合わせになっている。 それだけではなく机の上のランプや壁に飾った絵まで、全てが鏡合わせになっていた。 「わお…ホテルみたい。」  天井から下がったランプをつけ、ヴァルプスはベッドに深々と座り込んだ。 アミスはそんな彼女の元へそっと寄り、先ほどから気になっていたことを恐る恐る尋ねてみた。 「……あの…ヴァルプス。さっき…不登校って…」  そこまで言いかけるとヴァルプスは眉間に皺を寄せ、顔を思いきり顰めた。 「ぁ…っ、ごめ…」 「いいのよ、本当のことだから。」  そう言いながらヴァルプスはアミスにぎこちなく笑いかけた。 「アミス、クローゼット開けてみて。」 「えっ…?う、うん…。」  アミスは金の取手が付けられたココアブラウンのクローゼットを開いた。 中には白いシャツとバイオレットのおしゃれなベストやスカートがハンガーにかけられていた。 「これもしかして制服…!?可愛い!」  アミスは目を輝かせながらクローゼットから衣服を取り出した。 真っ赤なネクタイや大きなリボン、ベストには金のボタンまで付いている。 こんな洒落た制服を彼女は見たことがなかった。そもそも彼女の学校は私服登校なのだ。 「着てもいいかな…。」 「ええ、それを着たらとりあえず…杖と箒を見ましょう。」  テンションの高いアミスとは逆にヴァルプスはどこか浮かない様子だった。 猫の存在を聞いた時のハイテンションはとっくのとうに過ぎ去っていたのだ。 彼女は慣れた手付きで黙々と制服に着替え終わると、学園特製のとんがり帽子を深々と頭に被る。 アミスは大きな黒猫のヘアピンに帽子が突っ掛かりなかなか帽子が被れずにいたが、何とか無理やり押し込んだ。 他にもネクタイを上手く締めることができずにヴァルプスの手を借りたり、紐がほつれたりと苦戦したが、数分かけようやく全てを着終わった。 姿見の前でくるりと一回転してみたり、腰に巻いたリボンをフリフリと揺らしてみたり。アミスは自身の制服姿に夢中になっていた。  壁にかけられた時計が十二を刺し、鐘の音が鳴り響く。 その音を聞いたヴァルプスはすぐさまローファーを履くと入り口の扉を開けた。 「行きましょうアミス、杖と箒を取りに。」 「あ、うん…。」  アミスは急いでローファーを履きヴァルプスの後に続く。 履き慣れない固い靴に時折転びそうになりながらも、廊下を早足で歩くヴァルプスを追いかけた。 「…うっわぁ…」  何度か階段を下り広い玄関ホールに着くと、そこには沢山の魔法使いや魔女がいた。 皆が同じバイオレットの制服に身を包んでいたので、この中で迷子になったら終わりだろうとアミスは内心思っていた。 しかしよく見ると、スカーフやスカーフの色は三色ほど種類があった。赤と青と緑、皆別々の色を身につけている。 学年を見分けるためだろう。アミスは自身の赤いリボンを見ながら周りをキョロキョロと見渡した。 同じように赤いスカーフやリボンを身につけた魔女たちが談笑しながら歩いている。窓際では魔法使いたちが分厚い本を広げ熱心に読み合っていた。 (すごい…魔法使いの学校だ…!)  アミスは行き交う人々を避けながらヴァルプスの後を追う。見失わぬように必死に彼女の背中だけを見つめていた。  その時だった。ヴァルプスが急に足を止めたのでアミスは彼女の背中に軽くぶつかってしまった。 「おっ…と…どうしたの?」 「……………………。」  ヴァルプスは何も答えずに前を見続けている。 アミスは何やら不穏な雰囲気を無意識に感じ取っていた。 「あ~らヴァルプス、久しぶりじゃない!」  甲高く甘ったるい声が前方から聞こえた。 見ると水色の髪をカールにした魔女が口の端を吊り上げながらヴァルプスの方を見ていた。 頭には深いアイアンブルーの宝石がついた白いリボンをつけている。 彼女の後ろには同じように笑っている二人の魔女が立っており、皆スカーフの色は赤だった。 「………エミリー。」 「今更何を学びに戻ってきたのかしら?もしかして、生活費なくなっちゃったとか~?」  アミスはヴァルプスの後ろから嘲笑を浮かべている魔女を睨んだ。 今の言葉で彼女がヴァルプスにとって有害な存在だということがよく分かったからだ。 ヴァルプス自身も眉を顰め、手を固く握りしめていた。 「それとも…“魔法薬コンテスト”が近いからわざわざ戻って来たのかしら。だとすれば随分と小癪なやり方ねぇ…。」  魔女の後ろにいる取り巻きのような二人はクスクスと笑いながらヴァルプスをただ見ていた。 時折彼女を指差し、何かをヒソヒソと囁きながら…。  アミスはそんな彼女たちを見て、心臓の奥深くに何かを感じていた。 (……似てる…。)  アミスは魔界へ来る前の出来事を鮮明に思い出した。思い出してしまった。 自分を見ながら笑い、何かを囁く小洒落た女子たち。心臓に深く突き刺さった言葉。蔑むような視線。 何人もの視線、笑い声、憐れみの目、嘲笑、言葉、陰口、偏見、気味の悪い笑顔…。  そして独り……。  ヴァルプスの背中を見る。 何の変哲もない後ろ姿。しかしアミスは感じていた。彼女の心情を、その背中から感じ取っていたのだ。 この世界へ来る前の自分と全く同じ、心臓を握られ押し潰されるようなあの感覚を。 彼女が今まで浮かない顔だったのはこれが原因だというのも、全てわかっていた。 「別に、それが理由で戻ってきたわけじゃない。」 「どうせ家追い出されちゃったんでしょ、家賃払えなくて!」 「あっははは…!それありえる!」  アミスは腸が煮えくり返るような怒りに、自身の拳を握りしめた。 同時に、今ならどんなことをやっても後悔はないという無敵の信念を抱いていた。  アミスは一歩、前へ進む。周りの騒々しさはもはや聞こえない。 (……助けなきゃ。)  一歩、また一歩、アミスは進んだ。  そしてヴァルプスを横切り前へ出ると、目の前の魔女たちを鋭く睨みつけた。
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